万川集海 第1回:謎の円盤創世記--ディスク誕生50周年を迎えて - (page 2)

佐野正和(日本IBM)

2007-01-18 08:00

 ディスク装置もヘッドと円盤を接触させる構造にすると、当然ながら円盤の表面やヘッドを摩擦で傷めてしまう。これを避けるため、ヘッドを少々円盤面から浮かす必要がある。ところがこの少々浮かすという行為が意外に難しい。

 なにせ60cmもの鉄の円盤が1分間に1200回もグルングルンと回っているのである。微細なレベルで観察すれば、回転による振動によって円盤自体がポテトチップスのように波打ってしまうのだ。もちろんプラスチックの下敷きのようにグニャグニャになるわけではないが、ミクロ世界のレベルではそうなってしまう。皿回しの芸を思い浮かべていただければよいだろう。まさにあの感じになる。ヘッドの立場に立てば、地面(円盤)が荒海のように波打っているのである。ヘッドは気球で浮いているようなものなので、海面にゆらゆら浮いている紙の上に書かれた文字を気球の上から望遠鏡で読みとらなければならないのと同じだ。浮いたり沈んだりしているものを読むのは大変なので、何とかして海面と気球の距離(間隔)を一定に保つことが出来れば、気球から文字は読みやすい。しかし残念ながら機械的な動作でこの微細な上下動を感知し、即時アームにこれを反映させるような仕組みを作ることは実現困難であった。

 そこで思いついたのが、ヘッドを円盤面から強制浮上させるジェット噴射方式である。ヘッドの直ぐ横に空気を噴出させるパイプを設置し、これをコンプレッサー(空気圧縮機)につないで圧縮した空気を送り出して噴出させ、ディスク表面との一定距離を確保したのだ。このような装置を作れば家庭用大型冷蔵庫2台分の大きさになったことも容易に想像できるだろう。技術の進歩はスゴイもので、今では空気を噴射せずとも円盤が回転するときに生ずる空気の流れを使って、ヘッドをグライダーのように飛ばして浮かせている。

謎の円盤の登場で世界はどう変わったのか

 こんな大きな図体で出現したディスク装置は、数々の技術進歩に支えられ、数多くの優秀な子孫を残した。そして人間社会に大きく影響を与えている。例えばお金を出し入れするATMや飛行場の発券機、電車の自動改札機など、特定のデータにすべてズバリと到達できるディスク装置なしでは実現しないシステムなのだ。子孫の中には、文庫本程度の大きさでご先祖様の10万倍以上の500Gバイトというデータが入るものもある。しかし技術が進歩したとはいえ、基本的な構造はご先祖様譲りなのである。そう考えると、謎の円盤のご先祖様は大したものだった。人々の中には神が与えてくれた「ディスクあれ!」という祝福の故事に則り、ディスク装置の事をこう呼んでいる者もいる。「ディスクアレイ」と。

コラムタイトル - 筆者
第1回筆者紹介謎の円盤創世記

佐野 正和 (さの まさかず)
日本IBM システム・ストレージ事業部 製品企画
ICP コンサルティングITスペシャリスト
システムズ&テクノロジー・エバンジェリスト
職務:ストレージソリューションの推進
一言:2006年10月よりシステム&テクノロジー・エバンジェリストを拝命し、ストレージに関するIBMの良さをアピールする仕事が増えました。このコラムはストレージスキルの面白さを素人の皆さんに知っていただくために、できるだけ平易な解説や例を多く取り入れた構成となるように心がけけて書いたものです。私の回は世界最初のディスク装置のお話です。何でも世界最初のものには開発者の英知と苦労と努力がどこかに形として現れているはずです。そういうものを皆さんに伝えられればと考え、執筆いたしました。短い文章なので、皆様に楽しく読んで頂ければ幸いです。

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