万川集海 第2回:あるかないか、それが問題だ--キャッシュ装置のお話 - (page 2)

井田雅章(日本IBM)

2007-01-25 08:00

売れるものはワゴンに載せる

 車内販売では、注文のありそうな商品すべてを載せられるほどワゴンは大きくないので悩ましい。どうすれば客を待たせずに売上を大きくできるか、販売員の立場でワゴンに積む商品を考えてみよう。

 平日の夕方以降ならば、新幹線車内は酒を飲む出張帰りのサラリーマンが多いに違いない。そこでは、ビールやチューハイを昼間よりも多めにワゴンに積むというのは十分に効果的だろう。コーヒーなどは車内販売の定番だが、昼間ならいざ知らず、夜の出張帰りの緊張が解けた人々がたくさん注文するとは思えない。と思ったらワゴンから大胆に外すという選択もあるだろう。いろいろ考えられるが、効率的な車内販売には状況に合わせた売れ筋商品を揃えるという戦略が欠かせない。

 キャッシュで考えると、やはりできるだけ「キャッシュヒット」することが望ましい。だが高速なメモリは高価なものなので、装備したディスクと同容量のキャッシュを搭載することはコストの面から難しい。キャッシュヒットの確率アップの基本戦略は、たくさん読まれているデータはなるべくキャッシュの中に留めて、逆に1度使われたがそのあと読まれなかったデータはキャッシュから消すというものである。

 これを実現するためにLRU(Least Recently Used)と呼ばれるアルゴリズムが使われる。LRUは最も使われていないデータから消していくという作戦のことだ。使用頻度が低いデータはキャッシュ上から消えて、頻繁に読まれるデータが結果としてキャッシュ上に留まることになる。つまり出張帰りのサラリーマン向けでは、注文の多いビールがワゴンに繰り返したくさん積まれることになるわけだ。なお、使われないデータがキャッシュ上から消えても、もともとハードディスクのコピーなので、そのデータが全く失われてしまうわけではない。この点ご心配には及ばない。

商品ラインナップへの個人的挑戦

 あまり使われないデータにとってはなんとなく残酷なようではあるが、コンピュータシステムのデータの読み出し効率を上げるためには、読まれるデータがキャッシュに「ある」か「ない」か、それが問題であると言えるだろう。車内販売でも、同じLRU理論を当てはめることができる。売れない商品をワゴンから外していくのは理にかなっているのである。

 ここで私事ながら前々からひとつ疑問に思っていることがある。なぜ新聞や雑誌はワゴンで販売されていないのだろうか。たくさんの販売機会があるように思えるのだが。ワゴンという限られた積載空間では、新聞や雑誌は効率の良くない商品なのだろうか。とても不思議だ。きっと何か理由があるのだろう。駅のキヨスクでスポーツ新聞を買い忘れたときに、いつかは車内ワゴンからキャッシュヒット状態で買えるようになることを願わずにはいられない。そのためには「新聞ないの?」と毎回ワゴンのお姉さんに言い続けるのは大事なことだ。LRUは問い合わせの数で優先度が変わるはずなのだから。

あるかないか、それが問題だ - 井田 雅章
第2回筆者紹介あるかないか、それが問題だ

井田 雅章(いだ まさあき)
日本IBM システム・ストレージ ATS
ITスペシャリスト
職務:System z接続のストレージ製品の技術支援
一言:いつも自社製品に特化した仕事をしているため、今回のような普遍的なストレージ分野の特徴をわかりやすく説明するということは、とても新鮮で得るものも多かったです。私が担当させていただいたコラムは、「まず足腰を鍛える」ことを考えて、ディスクストレージサブシステムにおける基礎的な技術を取り上げてみました。はなはだ力不足ではありますが、このコラム集をきっかけとして、みなさまのストレージへのご興味やご理解がわずかでも深まりましたら、執筆者としてこれに勝る喜びはありません。

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