我々編集者というものは、そういう消費者(読者)の欲を刺激し、また、その欲求を満たす情報を、雑誌やウェブなどで紹介する仕事なんですね。むやみに欲を刺激しても仕方ありません。が、例えばあなたが山登りをしたとしましょう。
4〜5時間、長い時間をかけて山頂を目指して山道を登っていく。そしてたどり着いた山頂になんとビールの自動販売機があった!(笑) となれば、ビール好きにとって、たとえコンビニでは220円で買えるビールが500円だとしても、その欲望を抑えきれずに買っちゃうんですよね。そして、そのビールを口にして「ウマイ!」と山頂にたどり着いた喜びとビールを飲む幸せに浸るわけです。
これが「欲」です。
しかも、期待していないところで欲求を満たすモノが出てくると弱い。思ってもいなかったのに、いざ目の前にあると手が出てしまうんですよね。
このような潜在的な欲を具現化するところが編集者の仕事のひとつともいえます。
ビジネスの世界では、生産者の欲で製品を作り出す「プロダクトアウト」か、消費者の欲(=ニーズ)を読み取って消費者がほしい製品を作る「マーケットイン」か、という議論がなされて久しいですよね。ここ数年、「マーケットイン」が主流の考え方ではありますが、実は消費者は自分の欲しいものを明確にわかっているわけではないと思います。先の山登りの例でも、最初からビールを思い描いて山登りをしたわけではありません。しかし、登頂して、目の前にビールがあると、「これがほしかったんだ!」と意識が転換するわけです。
そういった欲に突き動かされて、日々過ごしているのが人間です。その欲が各々異なるから、時に欲のコンフリクト、つまりぶつかり合いが起こってしまう。それが我々のストレスになるわけです。
では欲がないとどうなるのか? よく「欲のない人」という褒め言葉がありますが、これは「私欲のない人」という意味であって、欲がないわけではない。世の中を良くしたいとか、弱者を助けたいという欲があるんですね。そういう欲があるから、前に進んでいけるわけです。
先ほどの「人はなぜ行動しないのか?」という質問の答えでさえ、時に欲として、人間を動かす原動力になっています。
- 歩きたくない → だから電車に乗る
- 雑音を聴きたくない → だから耳栓を買う
- 外に出たくない → だから室内を快適にする
こうして考えると、人の行動にはほとんどの場合ワケがあり、欲があります。理由なくして動くことはないともいえるでしょう。「ワケもなく辺境な街に来てしまった」という行動もあるかもしれません。これでさえ、「現実逃避」という裏側の理由があるといえばあります。もちろん、人間としての意志がはっきりしている場合に限ります。心身症などで精神的に参ってしまった場合や一種の夢遊病のような場合は少し事情が違います。
とはいえ、欲があるから人間は動く、というワケです。「だからなんなんだ?」という話は、次回にしましょう。
筆者紹介
田代真人
マイ・カウンセラー 代表取締役。九州大学工学部機械工学科卒業後、朝日新聞社を経て学習研究社へ。ファッション女性誌「ル・クール」編集者の後、主婦向け実用雑誌 「おはよう奥さん」の創刊メンバーとして、主婦の悩みを解決する「悩み相談センター」を開設する。その後ダイヤモンド社へ移籍し、「ダイヤモンド・ブレイク!」「ビットビジネス」など数々の雑誌を編集長として創刊した後、ビジネス開発本部副部長に就任。2006年、これまでの編集経験から「人々の悩みを解決したい」との思いに至り、マイ・カウンセラーを設立。2007年ダイヤモンド社を退社し、メディアプロデュース業のメディア・ナレッジを創業すると共に、マイ・カウンセラーの代表取締役に就任する。