既存業界を破壊するか、パートナーとして協調するか--スカイプ共同設立者が語る起業経験

末岡洋子

2012-11-01 14:49

 自分のアイデアを信じて起業し、それが受け入れられて利用が広がり、大化けする——。

 わずかな可能性で成功したとしても、次は成功を維持すべく成長と拡大を続けなければならない。

 競争が激しいネット業界で生き残るベンチャーはごくわずかだ。

 しかし、Skypeはその1社に入るだろう。

 Skypeを共同設立し、2度の売却を経験したNiklas Zennstrom氏は現在、起業から手を引き、ベンチャーキャピタルのAtomicoで起業家を支援するがわに回っている。Zennstrom氏からみたベンチャー環境はどのようなものなのか、自身の体験をどう生かしているのか。

 10月にアイルランド・ダブリンで開かれた「Web Summit 2012」で語った。

ビジネスモデルは必ずしも後からついてこない

 Zennstrom氏はビジネスパートナーのJanus Friis氏とともに2001年にKazaaを設立。つづけてSkypeを起業し、ともに世界的に知られるサービスに成長させた。

 両者に共通しているのは、既存の業界を破壊する(disrupt)存在だったことだ。しかし、P2Pを利用したファイル共有サービスのKazaaは「時代を先取りしすぎていた」という。

 音楽ファイルの共有のみを想定して立ち上げたサービスではなかったが、結果として音楽ファイルが多く共有された。当時、音楽や映画産業はインターネット時代に向けた準備ができておらず、コンテンツが発見できる場所を目指したKazaaは規制当局の目に触れてしまう。4億人ものユーザーを集め、インターネットトラフィックの半分を占拠したKazaaだったが、ビジネスモデルがなかった。

 Zennstrom氏はビジネスモデルが「後で見つかるだろうと思っていた。広告かもしれないし、有料コンテンツも考えられた」と振り返る。

 Skypeでは状況が改善した。同じP2Pを、今度はVoIPに利用した。Skypeというキャッチーなサービス名は、そのうち「ググる」と同じように動詞にさえなった。Skypeは通信業界にとっては破壊的サービスだったが、通常の電話に発信できる有料サービスというビジネスモデルがあった。固定インターネットでは定着したSkypeだが、現在もスマートフォンでのSkypeを快く思っていないキャリアが少なからずある。

破壊的であること——対立だけが方法ではない

 既存業界と対立した経験からか、Zennstrom氏はもう1つの破壊の形として、Atomicoで投資する企業のHailoを例に紹介した。

 Hailoは英国のベンチャーで、スマートフォンを使ってタクシーを呼ぶモバイルアプリを提供している。通常のタクシー料金以外に追加料金はなし。Hailoはタクシー業界を破壊するのではなく、タクシー業界のパートナーとなって、一緒にビジネスをするというモデルを構築した。実際、Hailoの共同設立者はタクシーの運転手だという。

「すばらしい企業を立ち上げるということは、既存企業や産業と対立し、既存のビジネスをぐちゃぐちゃにしながら自分の事業を成長させることを意味してはいない」とZennstrom氏は述べる。

 Friis氏と組んで展開するAtomicoはアーリーステージ(起業の初期段階)よりもレイターステージ(上場直前)にある企業に投資することが多いが、この背景にはビジネスモデルが後回しになったKazaaの体験があるようだ。

「ユーザーベースを作り、その後ビジネスモデルを探すというのはとても難しい。(優れた検索エンジンを作った後に広告モデルに至った)Googleの例があるが、大きなリスクが伴う」(Zennstrom氏)

 もう1つの理由が、Zennstrom氏をはじめベンチャーキャピタルがアーリーステージで必須の製品のイノベーションを支援することは難しいと考えるからだ。「アイデアを思いついた起業家しかイノベーションや問題解決はできない」とZennstrom氏。Atomicoでは事業が軌道にのり、スケールを考える段階で地域的な拡大や人員増などの支援を提供していくという。

 この「地域拡大」はとても重要なことだとZennstrom氏はいう。「ちゃんと動くものができたら、すぐにグローバルにスケールする必要がある。そうしなければ、だれか別の人が模倣するからだ。Atomicoはこの部分をしっかりサポートしたい」

 ある市場で売上を得るためには、現地にオフィスを持って地元のビジネス文化を理解しなければならないとも説明する。なお、グローバルにスケールできる製品としては、シンプルで使いやすく、メリットが明確であること、とも述べた。

 2006年に創業したAtomicoは英国を拠点に複数の都市で展開しており、先に東京にもオフィスを構えた。これは、自分たちが支援するベンチャー企業のグローバル展開を支援する目的もある。もちろん、世界から出てくるアイデアにも期待を寄せる。エンジニアが多く、投資家が集まる環境は世界的にみてもシリコンバレーだけだ。「だが、シリコンバレーの外からもすばらしい企業は生まれるはずだ。われわれは世界中の動きを見ている」とZennstrom氏は述べる。

次々と新しい可能性が生まれている——起業環境も改善

 実際のところ、Zennstrom氏の目からみると、シリコンバレー外のベンチャー環境は少しずつ改善しているという。出身地の欧州では、「10年前はインターネットが現在ほどの市民権を得ておらず、理解を得にくかった。当時と比べると環境はとてもよくなった」という。Zennstrom氏自身をはじめ、起業経験者が投資家を回っており、資金だけでなく助言やガイダンスを提供しようとしている。同様に、ベンチャーで働いた経験を持つ人も増えている。学生は現在でも大企業志向が強いが、エンジニアリングを学び新しいことをやってみようと考える人も増えているという。

 だからといって全員が起業家を目指すことはない。「起業家精神はとても大事だが、アイディアを思いつき起業するのはほんのわずかな人だ。これに共感して、10人程度の人がアーリーステージに参加する。一緒にやってみよう、ジョインしようと思う。私からみると、この人たち全てが起業家だ」とZennstrom氏。

 自身については「ドットコムバブルがはじけたとき、一生に一度のチャンスを逃したと思い落胆した」と語る。だが、それは間違いだった。時間の経過とともにインターネット人口が増え、オンラインに経済が移行し、新しいことを可能にするプラットフォームや技術が出現し、「次々と扉を開くようにチャンスが生まれている」と続ける。

「やってみて成功する確信があるなら挑戦すべきだ。しかし、企業を立ち上げるというのは大きなコミット。やってみて途中で止めるということはできない」とZennstrom氏。「創業者は最後まで戦わなければならない」という言葉は実感をもって響く。

 起業家であるという戦いから離れたためだろうか、Zennstrom氏はこの日とてもリラックスしてみえた。

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