エンタープライズトレンドの読み方

ソフト・トマソンの時代--超芸術とイノベーション

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2015-03-03 07:00

 『芸術新潮』の2月号は昨年他界した赤瀬川原平の追悼特集であった。赤瀬川原平とは、前衛芸術家であり、芥川賞作家であり、エッセイストである。その著書『老人力』で記憶されている方も多いかもしれない。

 しかし、同氏のさまざまな活動の中で、筆者が最も好きなのは「超芸術トマソン」である。

超芸術トマソン

 超芸術トマソンとは、「街中の建造物や道路に付着する、無用の長物でありながら美しく保存された不可解な凸凹」(『路上観察学入門』)と定義される。例えば、登った先に何もない階段であったり、下に何も覆うものがない庇であったり、コンクリートで塞がれて出入りすることのできない門であったり。

 これらの物件は、建築物を立て替えたりする際に、もともと果たしていた役割を果たさなくなったものが、何らかの理由でそのまま放置されることによって生じる。ちょっとイメージが沸きにくいという方は、こちらの写真をご覧になられたい。

 そして、トマソンという名称は、元読売巨人軍の助っ人外人であるゲーリー・トマソンに由来する。トマソンは鳴り物入りで巨人軍へ移籍してきたにもかかわらず、何の成果も挙げることができなかったという。その無用の長物ぶりが、路上に残された物件を象徴するにふさわしいということで「トマソン」の名が採用されたという。

 赤瀬川原平が最初のトマソン物件を発見したのは1972年。高度経済成長期の終盤であった。トマソン物件には、どことなく哀愁が漂う。それは、そうした構造物が社会の大きな変化に取り残されるものを象徴することから来るものだ。

 そして、トマソン物件の発生は、街の姿が大きく変わっていくことの必然的な帰結である。そういう意味において、トマソンの出現は、成長期の日本を象徴する事象だったとも言える。

 ちなみに、トマソン物件には、そのタイプによってさまざまな名称が付けられている。中でも筆者が好きなのは「純粋階段」と呼ばれるもので、登った先に何もない階段、つまり、どこへも行き着けない階段のことである。その無用ぶりが持つ美しさに惚れ惚れとし、自らも純粋階段のような存在になりたいと夢想したりするのである。まぁ、皆さんにはどうでも良いことなんだが。

トマソンの現在

 トマソン物件とは発見するものである。ゆえに、この世の中には「トマソン観測センター」なるものが存在し、日々その探索が行われている。その活動は現在に至るまで連綿と継続し、2013年には『大トマソン展』が開催された。出張で行けなかったのが、今でも悔やまれるのである。

 しかし、高度経済成長期と今日を比べるならば、恐らくトマソン物件を見出すことはより難しくなっているであろう。もちろん現在でも建物は日々建築され、あらゆるところで開発は行われている。

 が、成長期の社会と成熟期の社会では、その勢いは必然的に異なるであろう。もはや街で純粋階段を見つけるのは至難の業であるに違いない。

ソフト・トマソンの時代

 では、成熟社会というのはそんなに変化に乏しい社会なのであろうか。

 いや、恐らくそれは社会のハード面、つまりインフラ面に限った話であって、ソフト面での変化はむしろ早くなっている。日本においても、グローバル化の波は急速の押し寄せ、日本ほど早くに高齢化が進んでいる国もない。

 また、テクノロジが既存の産業を破壊するスピードは、一方向に進んでいた成長期の経済よりもむしろ早いだろう。今後20年で今ある職業の半分はなくなると言われる時代である。

 つまり、現在の社会において、物件としてのトマソン(ハード・トマソン)を見つけるのは難しいが、実はソフトなトマソン物件、ソフト・トマソンが次々と生まれているのではないかと思うのである。

 それは、個人、企業、産業、国家、それぞれのレベルで発生し得ることである。変化から取り残されてトマソン化すれば、社会から切り離され、存在意義が失われ、それは、ただただそこにあるだけのものとなる。

 例えば、グローバル化を見て見ぬ振りをする個人、モバイルへの対応を怠る企業、ネット化の流れに逆らう産業、などはトマソン化予備軍である。きっと皆さんもソフト・トマソン物件の一つや二つ、具体的に思い浮かべることができるのではないか。

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