エンタープライズトレンドの読み方

資本主義のその先へ--アートとともに歩むこれからの世界

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2016-03-30 08:00

アーモリーショー

 3月3日から6日まで世界でも最大級の現代美術の展示会がニューヨークで開催された。世界36カ国205のギャラリーが集まるそのイベント「アーモリーショー(Armory Show)」は、今回で22回目だ。

 「Armory Show」という名は、1913年にニューヨークで開催され、その後のアメリカの現代美術の発展の契機となったアートショーの通称から取られている。そのアートショーの会場が「兵器庫(Armory)」であったことから、そう呼ばれたという。現在のアーモリーショーの会場は、兵器庫ではなく、マンハッタンの埠頭にある巨大な展示場である。

 アーモリーショーは、その規模とクオリティから、グローバルなアートシーンの最新動向を象徴するものとなる。会場では、ギャラリーによるブース展示のほかに、特定の地域をテーマとした展示スペースが設けられている。

 2014年には中東、2015年は中国、そして今年は「アフリカ」がテーマで、アフリカのギャラリーがさまざまに趣向を凝らした展示を行っていた。過去3年、フォーカスされる地域は西へ西へと向かっている。

アートと資本主義

 山本豊津氏は、現代美術を取り扱う「東京画廊」の代表だ。山本氏はその著書『アートは資本主義の行方を予言する』で、アートは資本主義を象徴するものであると言う。

 第一に、資本主義の特徴である「使用価値」と「交換価値」の概念をアート作品は象徴的に体現しているという。

 「使用価値」とは、ある商品の有用性のことであり、例えば今や生活必需品であるスマートフォンの「使用価値」は高く、なくても生きるに困らないアート作品の「使用価値」は低い。「交換価値」は、その商品を入手するための価格である。「使用価値」が高ければ供給も増えて「交換価値」は下がる。

 「使用価値」が低くても、供給が限定的である場合、その「交換価値」が異常に高まることがある。これがアート作品である。山本氏によれば、ゴーギャンやセザンヌの作品には、その原価に対して175万倍もの価格にもなっていると言う。つまり、「使用価値」と「交換価値」が最も乖離するのがアート作品なのである。

 第二に、資本主義が成長力のある周縁部分へと向かっていくのと同様に、アートも同じ流れを辿るという。山本氏は、「絵画のマーケットは当初のフランス、イギリスから周縁のドイツ、イタリア、スペイン、ロシアに移り、第二次世界大戦後は米国、そしていまや中国へと移ってきて(P51)」いると言う。

 そして、そのことは、アーモリーショーという、現代美術の一大博覧会において、まさに観察できることである。そのフォーカス地域は、資本主義が周縁へ向かうのと軌を一にして、西へ西へと向かっているのである。

資本主義の終焉と新しいシステムの萌芽

 さて、その資本主義であるが、水野和夫氏は「資本主義の死期が近づいている」という(『資本主義の終焉と歴史の危機』)。同氏は言う、「資本主義は『中心』と『周辺』から構成され、『周辺』つまり、いわゆるフロンティアを広げることによって『中心』が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進してゆくシステムです。『アフリカのグローバリゼーション』が叫ばれている現在、地理的な市場拡大は最終局面に入っていると言っていいでしょう」

 山本豊津氏は、「アートは資本主義の行方を予言する」と言う。そして、今年のアーモリーショーは、資本主義の最後のフロンティアにフォーカスを当てた。水野氏は、資本主義に続く社会のシステムがどのようなものになるかまだ分からないという。

 しかし、われわれが生活している中で、一つの有力な選択肢として感じ取れるのがシェアリングエコノミーではないだろうか。まだ、それが完成しているとはとても言えないが、何かその萌芽を感じさせる。

 Jeremy Rifkin氏は、その著書『限界費用ゼロ社会』で「資本主義は今、跡継ぎを生み出しつつある。それは、協働型コモンズで展開される、共有型経済(シェアリングエコノミー)だ」という。AirbnbやUberのようにわれわれが目撃しているPtoPのサービスは、単に既存のビジネスモデルの変革者としてではなく、資本主義の破壊者として登場しているのだとも言える。

 とすれば、この新しいビジネスにリターンを求めて資金を投じる投資家は、金銭的リターンを得ることを第一義とはしない新しい経済システムの構築を手助けするという矛盾を犯していることになる。

 資本主義が終焉を迎え、リターンを得ることのできる投資先がなくなる中、残されている投資先は新しい経済システムを担うベンチャーか、アートくらいだろう。そして実現されるのは、資本主義と全く異なる価値観を持つ社会であるかもしれない。

 山本豊津氏は言う、「画商として絵画の動きや流れを見ることで、現在の社会・経済の行き詰まりや閉塞感はリアルに感じています。(中略)閉塞した時代だからこそアートの持つ価値の転換や飛躍が大きなヒントになりうるのではないかという予感です」(前掲書、P52)

飯田哲夫(Tetsuo Iida)

電通国際情報サービスにてベンチャー企業投資、海外事業投資を担当。同社にて銀行系システムの開発を担当後、決済サービス分野を中心にソリューションの企画を手掛ける。2012年に金融イノベーションの活性化を目的として金融イノベーションビジネスカンファレンス(FIBC)を立ち上げ、2015年よりフィンテックベンチャーへの投資事業を開始。金融革新同友会「Finovators」副代表理事。マンチェスタービジネススクール卒業。知る人ぞ知る現代美術の老舗「美学校」にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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