展望2020年のIT企業

介護×IT市場を開拓するITベンチャー

田中克己

2016-08-03 07:00

 介護にITを活用するCareTech市場を開拓するIT企業が増えている。2015年4月に設立したZ-Works(ジーワークス)はその1社だ。IoTを駆使したホームセキュリティ市場を開拓する一方、その技術とノウハウを生かした介護向けサービスの開発に取り組んでいる。心拍など各種センサとクラウド環境を組み合せたIoTセット商品などを、サービス提供事業者の新規ビジネスとして提案もする。

地域包括ケアシステムに大きな市場を期待

 Z-Worksは現在、厚生労働省が推進する地域包括ケアシステムの実現にIoTの活用を提案している。具体的には、高齢者宅に各種センサーを設置し、安否確認や介護予防、生活支援などに利用するもの。たとえば、人感センサや照度センサで、在宅を確認する。湿度と温度で、熱中症を監視する。ドアセンサでトイレや浴室の開閉、戸締まりを確認する。

 小川誠代表取締役兼共同経営者は「高齢者の在宅時の状態をリアルタイムに表示するスマートフォンの高齢者在宅巡回アプリで、在宅介護スタッフやケアマネジャー、地域民生委員などに使ってほしい」と説明する。高齢者宅にセンサなどを設置するため、新聞配達や宅配、プロパンガス、スーパーなどの地域のサービス事業者らとの協力も不可欠になるという。現在、介護事業者らと仕組み作りの実証実験と、適正な料金体系を検討しているところ。

 元々の発想は、介護人材の不足課題を解決することにあった。「夢をもって介護を始めたが、2年以内に辞める人が少なくない」。結果、経験者のノウハウなどを共有できず、人材育成と確保が難しくなる。そこで、介護現場の情報共有と作業負担を軽減させるIoTの活用で、離職率を減らすことを考えたのだ。たとえば、非接触心泊センサで、ベッドの寝がえりから転落などの状態が分かれば、施設内の効率的な見回りが実現できる。介護スタッフが何をしたのかを、スマホを使って可視化すれば、例えば申し送り事項を正確に伝えられる。これも介護スタッフの作業軽減につながる。

 Z-Worksはこのように介護現場のニーズに応えるため、国内や台湾、欧州などから心拍や温度など10種類以上のセンサを調達する。これらセンサに、データを収集、分析するクラウドなどの環境をセットにしたLiveConnectも開発した。「生活の不安を安心に変えるスマホの通知アプリ」(小川氏)で、センサーを設置した住居の温度や湿度、照明、ドアの開閉、施錠などの状況をリアルタイムに表示し、スマホに通知する。

 たとえば、人感センサが転倒などを感知し、通知する。ドアセンサが玄関の開閉から子供らの帰宅時間を知らせる。通信モジュールを組み込んだ火災報知センサへの期待もある。2006年に火災報知機の設置が義務化されてから、10年が経過し、入れ替え時期にある。「この機会をとらえて、周りの人たちにも通知する仕組みを提案する」(小川氏)。

サービス提供形態は一種のOEM

 小川氏がこのビジネスに着目したきっかけは、大学卒業後に入社した米半導体メーカーのシグマデザインズにある。セットボックス用チップセットなどの開発に従事するなかで、顧客の通信キャリアがネットフィリックスなどの動画配信の新興事業者の台頭で、“土管”ビジネスに追いやられるとの危機感が生まれる。

 通信キャリアは、動画配信ビジネスが曲がり角にきたとし、多角化に乗り出す。その1つがIoTを使った家庭向けセキュリティサービスだったという。小川氏によると、当時、月額50ドルから60ドルのセキュリティサービスを、通信キャリアは10ドル前後で提供を始める。収益源の通信サービス契約を解約されないよう加入者とのパイプを太くするためで、小川氏は「このビジネスで収益を上げるのが目的ではなかった」と安価に設定した理由を読む。

 シグマはこの通信キャリアのホームセュリティ市場参入に対応し、各種センサの開発に取り組む。着実に成果を上げたが、小川氏が担当した日本の通信キャリアは「家庭向けセキュリティサービスに興味がなかった」。米国とは異なり、治安の良い日本では当時、キラーアプリケーションにならなかったのだろう。動画配信ビジネスの取り組み方も異なっていたこともある。

 小川氏は「日本では、IoTを使った家庭向けサービスはなかなか進まない」と判断し、「それなら、サービスの事業化を“お手伝い”する会社を作ろうと考えた」。それがZ-Worksだ。お手伝いとは、さまざまな形態のサービスを提供する事業者に代わって、IoTセンサの調達からホームゲートウエイの開発、クラウドサービスなどを組み合わせたサービス商品を用意、提供すること。接続デバイス数による従量課金の「IoT Network as a Service」と呼ぶサービスモデルだ。

 そのリファレンスアプリケーションが先のLiveConnectで、小川氏らは空き家の有効活用など介護以外のソリューションも考えている。薬の飲み忘れや飲み間違い、などアプリの品ぞろえも図る。Z-Worksはこれらサービス商品や仕組みを直接販売するのではなく、サービス提供事業者に付加価値サービスの1つとして提供するよう採用を働きかけている。いわば、相手先ブランドのOEM販売である。介護やホームセキュリティなどのスマートホーム市場を一日も早く立ち上げるためだ。高齢化が進む中国などアジア市場への進出計画も立てている。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任し、2010年1月からフリーのITジャーナリストに。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書に「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)がある。

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