医者が処方する薬を80%の人が2カ月後には服用しなくなる――この問題を解決するにあたって、製薬大手のEli Lilly and Companyは、患者と直接つながるアプリを構築している。製薬会社が疾患に関する情報を患者に提供することで、効果的な服用を促す。「早期回復につながれば」と願う。
医師の診断を受けたとき、多くの患者は病名を聞いた段階で一種のショック状態となり、その後の医師の説明が耳に入っていないことがある。病気にもよるが、多くの場合で、医学的知識のない患者がその場で説明されたことをしっかりと理解するのは難しい。Lillyは慢性の皮膚角化疾患に対する新薬「Taltz」を開発した際に、一歩広げてこの問題に取り組むことにした。
医師がTaltzを処方する際にLillyのケアプログラムに関する情報を渡す。患者は合意したらプログラムに参加するためにアプリをダウンロードし、名前やメールアドレスを登録する。するとLillyが”ケアエージェント”と呼ぶ担当者を割り当てる。ケアエージェントは患者のコンシェルジェのような役割で、窓口となって薬に関する質問などに答える。米国では、薬代の払い戻しステップを支援する。
アプリでは、薬が処方された原因である疾患についての情報も提供する。Taltzの場合は皮膚角化疾患となり、国立乾癬財団(National Psoriasis Foundation)といった中立的なサードパーティーからの情報となる。「医師はすべてを患者に説明したと思っているが、患者は全く理解していない。医師と患者が分断されている」とBrown氏。
「医師の役割にとって代わるものではない。プログラムの趣旨はあくまでも薬を中心としたサービス」とEli Lillyでシニアバイスプレジデント兼最高マーケティング責任者(CMO)を務めるRob Brown氏は強調する。「薬を処方するのは医師であり、われわれは補完するだけ。医師が認めないことはしない」と続ける。
アプリを使うかどうかを選ぶのは医師であり、医師によっては賛同しない人もいるという。それでも、「助けになりそうだ」など概して医師からの反応はとても良いとのこと。もちろん、最終決定権は患者が握る。医師がLillyのサポートサービスを伝えた後でも、利用するかどうかを決定するのは患者で、強制ではない。
技術的には、既にCRMで利用していた「Sales Cloud」とコールセンターで利用していた「Service Cloud」を拡大し、「Heroku」を用いてアプリを開発した。競合他社の製品も検討したが、最終的にSalesforce技術を利用した理由について、Eli Lillyでグローバルカスタマーサポートプログラム ITディレクターを務めるRichard Carter氏は「使いやすく機能が豊富だから」と説明する。特にコールセンターで重要なCTI(Computer Telephony Integration)機能は重要だった。ケアプログラムなど機能は今後も発展させていくが、中核部分はわずか8カ月で開発したとのことだ。
LillyはTaltzを世界的にローンチしているところで、Taltzケアプログラムの提供は米国、カナダ、ドイツ、英国、日本の5カ国で提供する。アプリについては、11月に日本で最初にローンチする予定という。サービスの利用は無料。あくまでもTaltzのサービスの一環としての位置付けだ。
今後はTaltz以外の薬についても拡大するが、疾患により向き不向きがありやみくもに拡大することは考えていない。アルツハイマーのようにケアする人が複数にまたがるような長期的疾患は向いていると見ているようだ。
サービスメニューについても、「われわれはケアを提供する側ではない。医師と患者を支援するサポートに徹する。この関係を壊したり、入り込むことはしない」とBrown氏。Salesforceの新機能である人工知能(AI)の「Einstein」についても、患者のニーズに合うものなら利用を検討すると慎重な姿勢を見せた。「新しい技術は次から次に登場するが、明確なガイドラインがないと目的を見失ってしまう」(Brown氏)。
DreamforceのEli Lillyのデモブースでは、Salesforceの「Health Cloud」を利用した将来のケアを見せていた。患者と看護に関わるケア提供者をつないで包括的で一貫性のあるケアを提供できるという
Eli Lillyのシニアバイスプレジデント兼最高マーケティング責任者(CMO)を務めるRob Brown氏(左)と ITディレクターのRichard Carter氏(右)。自社バイスプレジデント兼情報責任者のJennife Oleksiw氏のポスターを挟んで。