企業セキュリティの歩き方

奇襲と強襲の違いで理解する「攻撃者有利」の条件

武田一城

2020-02-17 06:00

 本連載「企業セキュリティの歩き方」では、セキュリティ業界を取り巻く現状や課題、問題点をひもときながら、サイバーセキュリティを向上させていくための視点やヒントを提示する。

 前回の記事では、サイバーセキュリティ分野で常識的に語られている「攻撃者が絶対優位」という状況が、現実世界では異なるということを説明した。実際の戦いは多くの場合、サイバーの戦いとは違って、攻撃側に防御側を何倍も上回る兵力がなければ勝利することが難しいという「防御側が有利」の状況にある。そして、地形や気象状況などの自然的な要素、あるいは偶然や奇策などを駆使することで、現実の戦いにおいても低い確率で「攻撃者が有利」という状況が発生することも述べた。今回は、さらにそれらを意図的に引き起こす要因について解説する。

少数で大軍を倒すための「奇襲」とは?

 前回の記事でも触れた織田信長による桶狭間の戦いは、日本で最も有名な奇襲の成功例だと言えるだろう。攻撃側が「奇襲(戦法)」を選択し、奇襲に成功した場合、防御側がそれを見極めて対応するまでの時間において、攻撃者が圧倒的に有利な状況になる。奇襲とは、「敵の予期しない時期・場所・方法による組織的な攻撃により、反撃の猶予を与えない攻撃方法」だ。この奇襲が成功した場合、防御側には反撃の猶予がなく、何らかの立て直しができなければ、その結果は悲惨だ。そのまま敗れてしまうのはもちろん、何の抵抗もできず全滅することも珍しくない。

 しかし、防御側がそれなりの準備をしていた場合、攻撃側による完全な奇襲はなかなか成立しない。そもそも防御の仕組みとは、ほとんどが敵の襲撃を事前に把握するためや、時間を稼ぐためにある。つまり、奇襲を成功させないため作られた仕組みと言っても過言ではないだろう。

 現在では、レーダーや軍事衛星がその任に当たっており、数千~数万km先にいる敵の状況を把握できる。さらに言えば、このような仕組みは数百~数千年前からものろしや伝書鳩などという形で存在した。人類の歴史は、自分たちの生活の安寧を保つために実施してきた、試行錯誤を重ねた防御の歴史だったと言えるだろう。

 それでも、攻撃側の完全な奇襲が成功した事例が歴史上いくつもある。例えば、太平洋戦争の発端となった日本海軍による真珠湾攻撃(1941年)だ。この攻撃の前に、攻撃隊の指揮官がハワイのオアフ島に到達した際、「トラ・トラ・トラ」というモールス信号を打電したシーンは映画などにもなり、ご存知の方が多いだろう。これは、「我奇襲に成功セリ」の意味であり、攻撃の前の上空から奇襲成功を確認したことを伝える無線通信だ。

 この通信の打電のシーンに違和感を抱く方がいるかもしれない。その違和感は、「なぜ攻撃全体の成功ではなく奇襲となったことを伝える必要があったのか」というものではないだろうか。その理由は、攻撃隊の後方にいた空母艦隊の知りたかった情報が、まさに「奇襲となったかどうか」という点だったからだ。

 なぜなら、奇襲に成功したということは、敵に気づかれることなく攻撃地点へ到達し、攻撃態勢入ることができたということを意味する。つまり、この時点で戦闘の成否は決まったということになり、日本海軍の真珠湾攻撃の成功確率が非常に高い状況に至ったということが分かる。そうすることによって、この後の展開が見える。ある程度の展開が見えれば、戦闘において無数に発生する選択肢も狭まり、時間的な余裕が増える。このことによる戦術的な優位性は圧倒的だ。その情報の裏取りをするなどして精度をさらに上げながら、戦果をさらに拡大(例えばハワイの占領)するのか、その戦果に満足して被害をできるだけ出さないように撤退するのかという判断を行うだけになる。

 当時の日本軍は、真珠湾攻撃の奇襲を成功したことによって、太平洋戦争初期の半年~1年間は圧倒的に有利な状況で戦闘を進めることができた。最大目標であった空母3隻がいなかったという誤算はあったが、奇襲としてのこれ以上の成功はなかっただろう。もちろん、さまざまな歴史書などで指摘されているように、取り逃がしてしまった空母3隻を見つけ出して破壊するまで続けるという選択肢もあっただろうが、既にその時点で米国は日本の攻撃に気づいており、奇襲による圧倒的な勝利は望めないことになる。なお、この時点で日本は米国の空母群の位置が把握していなかったため、逆に米国側の奇襲を受ける可能性もあった。日本側の奇襲を完勝で終わらせるために、この戦果で満足するというのも理にかなった選択肢だったと言える。

 仮に米国の空母を発見して撃破できたとしても、日米の国力差を考えると、その後の戦略的にはあまり意味を持たない。もし日本軍の考え得る最大の戦果を挙げ、日本がハワイや米国の西海岸を占領しても、それを維持できる力はない。やはり、真珠湾攻撃がどれだけの成功を収めても、太平洋戦争としての最終的な勝利には結び付かなかっただろう。

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