デジタル岡目八目

ローコードが日本のIT産業を変革する

田中克己

2021-01-07 07:00

 「ローコードが日本のIT産業を変革する」――。クラウド型業務アプリを簡単に作れるローコード開発プラットフォーム「kintone」を展開するサイボウズで営業本部副本部長を務める清田和敏氏は、人的資源を提供する伝統的なSI(システム構築)企業から、ユーザーに寄り添う中小IT企業の時代になると予測する。背景には、ユーザー企業がITを成長、変革の武器に位置付け、IT人材の獲得とシステム開発の内製化に取り組み始めたことにある。

 その表れの一つがGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)などを駆使するローコード開発の導入だ。IDC Japanは、そのユーザー規模を2020年の約20%から2021年に約35%に増えると試算する。サイボウズの青野慶久社長も2020年12月24日に開かれたkintoneのテレビCM制作発表会見で、kintoneのユーザー数が1万8000社を超え、その8割強が現場など非IT部門と、内製化の進展を紹介していた。顧客管理や申請業務、案件管理など現場が欲する業務アプリを簡単に作れることが受け入れられたからで、大阪府や神奈川県など新型コロナウイルス感染症に関する業務アプリを構築した自治体にも、ユーザーが広がっているという。

 そんなローコード開発がIT産業に構造変革を促す理由の一つは、大手企業を頂点にする日本の階層型産業構造にある。大手が新しいことに挑戦せず守りの経営になれば、経済成長は間違いなく停滞する。事実、日本のGDP(国民総生産)がこの30年間、横ばい状態だった。構造変革が起きず、デジタル企業も生まれなかった。アクセンチュアが2020年12月に調べたグローバル企業トップ10の時価総額は、2020年に2000年の2.1倍に増えたのに、日本企業のトップ10は逆に4割も減っている。グローバル企業のトップ10がデジタル企業に入れ替わったのに、日本のトップ10の顔ぶれはほぼ同じだったからだ。

 IT活用力にも差がある。業務プロセスの変革や新しいビジネスモデルの創出などの武器にITを生かすため、グローバル企業は優秀なITエンジニアを確保し、システム構築を内製化する。一方、IT活用を軽視する日本企業はIT企業に依存し、欲しいシステム作りに時間もコストもかかり、世の中の変化に対応できなくなっていく。そこに、ローコードが救世主のように現れた。スピード感のある開発ツールを活用したり、市販のクラウドアプリやソリューションを組み合わせたりし、作ったシステムがイメージと違うなら、何度でも素早く作り直す仕組みだ。IT人材不足の解消にもなる。

 一方で、ユーザーの内製化がIT企業のビジネスに大きな影響を及ぼし始めている。ITエンジニアを大量投入するような人月ビジネスが減り、クラウド化がハードウェアやソフトウェアからの収入をなくす。受託開発などの下請けIT企業の経営はいっそう厳しさを増し、多重下請け構造も崩れていく。IDC Japanは「ローコードの進展は、これまでアプリ開発に関する人的リソース提供を行ってきたITサプライヤーにとっては脅威になる。内製化を志向する企業に対する価値提供やマネタイズ方法の見直しが必須になる」と、IT企業に新しいビジネスモデルの創出を説く。

 そうした中で、生まれたのがクラウドインテグレーターだ。Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureなどのクラウド基盤を活用したシステム開発を手掛けたり、Salesforce.comなどの開発基盤を使った短期開発を売りにしたりし、業績を急速に伸ばしている。もう一つがローコードを使った業務アプリ開発を展開するIT企業の誕生だ。ユーザーとの数回の打ち合わせでプロトタイプから完成品を作り上げていく手法で、料金も数十万円程度と安価な設定にする。

 例えば、kintoneベースで取り組んでいるジョイゾーやソウルウェア、アールスリーインスティチュートなどだ。ジョイゾーの四宮靖隆代表取締役に6年前(2014年)に取材したおり、「クラウドが大手IT企業と戦える土台になる」と、中小IT企業の戦える環境が整ってきたという。クラウドインテグレーターもローコード開発企業も、多くは社員数十人未満の中小IT企業だ。

 思い出すのは、「納品のない受託」を掲げるソニックガーデンだ。数年前、同社の倉貫義人社長が「ユーザーの一括発注とIT企業の人月ビジネスに疑問を抱き、納品しない受託開発というビジネスモデルを編み出した」と筆者の取材に答えたこと。ユーザーとの間で、いわば顧問契約を交わして、社内IT部門としてシステム開発に関与するもので、月額料金で改善・改良を繰り返し、ユーザーが求めるシステムに作り上げていく。同社のITエンジニアらは全国各地に住み、どこにいてもいつでもリモートワークでプロジェクトに参画する。コロナを先取した開発体制になっていた。

 ユーザーがIT企業に求めることも変わってきている。ユーザーに言われた通りのシステムを作る受け身ではなく、「こうしたら、どうか」と経営戦略を理解した上でIT活用をアドバイスする顧問的な存在だ。そのためには、ユーザーとの信頼関係を築き、内製化に向けたIT人材の獲得、育成に協力し、市販のサービスを組み合わせた柔軟なシステム構築を支援する。そんな中小IT企業はITエンジニアをむやみに増やさず、異なる技術力やノウハウ、クラウド型業務アプリを持つ中小IT企業やフリーランスの力を借りる。ローコード開発が、中小IT企業時代の到来を早めるだろう。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。

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