鰻屋のキャベジンとGoogleの提携話

飯田哲夫(Tetsuo Iida) 2006-05-28 10:33:45

鰻屋での一コマ...

午前中のアポの後、有楽町でお昼となった。

奮発してウナギでも食うぜと、国際ビルジングの地下2階、ディープな佇まいの一角にあるウナギ料理屋「きくかわ」で特大うなぎを食べにゆく。同僚のT君も一緒だ。

ひとしきりうまいうまいと、ウナギを食べた後、先に食べ終わってしまった私は、テーブル脇に立ててあるお品書きを眺めていた。定番のうな丼、うな重に続いて、副菜がいくつか並んでいる。そこに訪れた衝撃!! 「ホタルイカの沖漬け」と「肝焼き」の間に、どういうわけか、

  「キャベジン」

あり得ないと思いつつ、もう一回見てもやっぱり

  「キャベジン」

T君は、これは「ひつまぶし」を「ひまつぶし」と一度読んでしまうと、二度と元には戻せないのと同じですよと、一見賢そうな推察をする。つまり、「キャベジン」と似た別の食べ物の名前が、「キャベジン」に見えてしまって、本物が判らなくなったのだと。じゃぁ、キャベンジ?、ガベジン?、キャンベジ? そんなのないよ、やっぱりこれは、

  「キャベジン」

あぁ、駄目なやつだ。じゃあ、現実を受け入れて、これが「キャベジン」なら、何で「ホタルイカの沖漬け」の隣に「キャベジン」? 

すると、目の前のT君は、ごはん大盛りを頼んだくせに「もう食えません」とか言っている。そうか、ここのウナギはでっかいから、おなか一杯になっちゃう人が多いんだ。こんな人のために「キャベジン」か。なるほど。

(さて、ここから急旋回して、さて、先週はGoogleとDellYahooとeBay、など検索サービス大手の提携へと話を持っていく。。。)

検索と思考の枠組み

我々はこうして辛うじて鰻屋のメニューにある「キャベジン」に対処した。それにしても、鰻屋のメニューに「キャベジン」と出てくる意外性が、実は新しい発想を生み出す源となる(かもしれない)。言うなれば、野中郁次郎先生のSECIモデルにおける、"C"=Combinationの部分である。表出化した知識と知識がぶつかりあって、新しい発想を生み出すプロセスである。

かつて、CNETでコラムを書かれている森祐治さんが、「思考の枠を規定するグーグル」で次のように言っていた。(グーグルなどの検索エンジンを活用して作成された学生のレポートに触れて、)

結果、そんなレポートを制作した学生の思考の枠組みよりも、むしろ人工知能研究の成果として発展してきた検索エンジンの根幹を成す仕組みのほうが大きく影響するようになっている。それは、教育で獲得されるべき「物事の捉え方」や「理解の仕方」という側面が大きく抜け落ちつつあるということだ。

なるほど、確かにこれだけ検索エンジンが日々の思考活動の中に入り込んでくると、これは単なる便利ツールではなくて、そのアルゴリズムが我々の思考を規定するようになるわけだ。

そんな風に考えると、アルゴリズムの開示されない検索サービスの寡占化と、ビジネス上の目的から行われる提携に不審感を覚えるのである。我々がメディアやリサーチ会社のアウトプットを見るとき、その資本関係や提携関係を完全には無視できない。同様に、GoogleやYahooの提携戦略も気になるのである。検索エンジンが我々の思考、そして生活にこれだけ組み込まれている以上、これは単にどちらが勝つかというような問題ではない。

検索の行末と創造力

我々は、急激な情報量の増大に検索エンジンで対応する習慣が付いた。その過程は、まさにグーグルが巨大化していくフェーズであった。John Batteleは、その著書「ザ・サーチ」において、「完全なる検索」を探求した。

しかし、検索があまりに注目を集めるあまり、検索の先にあるものを忘れつつあることが気になるのである。検索はあくまで検索であり、そのアルゴリズムがいかに優れていようとも、検索結果には創造性はない。

得られた結果から何かを生み出したり、それを別のものと組み合わせて新しいものを創造するのが我々の作業なのである。学生が検索エンジンを使うとき、それはレポートの材料を見つけるためであって、レポートそのものを見つけるためではない。しかし、創造力が枯渇すれば、いつの間にかレポートそのものを探すようになってしまう。

そんなことから、私はついつい検索エンジンは完璧ではない方がいいと思ったりするし、一つの検索エンジンに依存することは危険だと思ったりもする。要は、検索エンジンは、何らかのアルゴリズムに依存していることを認識し、検索結果は検索結果に過ぎず、それが生産的活動の第一歩に過ぎないという認識が必要なのだろう。

でも、そろそろオープンソースをベースとした検索エンジンが第四の勢力として台頭しても良い頃のような気もするのである。

とはいえ、貧困な我々の創造力

さて、本当の話。

かつて帝国劇場での出演のために森茂久弥が来ていた頃、この鰻屋の店主と懇意になったという。その頃に森繁が出演していたのが「キャベジン」のテレビCM。そして、この店のキャベツの浅漬けが「キャベジン」と名づけられたのだそうである。我々の創造力の貧弱なこと。失礼しました。

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