オープンソースのスタック・サポートは不要か?

飯田哲夫(Tetsuo Iida) 2006-09-10 12:19:22

人生とは、思い通りには行かないもの。私の幼稚園時代の人生設計が成就していたならば、今頃の私は石焼芋の屋台を引いているはずだ。焼芋大好き。しかし、当初立てた計画は途中で頓挫し、頓挫した中から思わぬ展開が開けるというものである。

これはビジネスも同様。よく言われることであるが、壮大なる戦略がそのまま成就することは稀である。そこには、インプリメンテーションの拙さもあるかも知れないが、往々にして分析的なアプローチによって立てられた戦略が、現実と乖離していたり、あるいは現実の変化が早すぎたりということによるだろう。

それゆえに、戦略とは当初立てたものが頓挫してからが正念場であり、それをいかに修正するかが成功の鍵とも言える。ミンツバーグは「戦略サファリ」において、これを"Intended Strategy"と"Emergent Strategy"と表現している。つまり、当初立てた戦略(Intended Strategy)が、現実に基づく戦略(Emergent Strategy)によって修正されることで、最終的にリアリティのある戦略が遂行されることとなる。

オープンソースのスタック・サポートの必要性

さて、Open Tech Pressが、米国のリサーチ会社The 451 Groupのリサーチを引用した記事によると、オープンソースのサポート・サービスに関し、顧客企業は「スタック中の全コンポーネントに対してサポートを提供する単一のベンダに依存するよりも、複数の経路を通してそのようなサポートを得ることを望んでいる」という。その理由について、The 451 Groupのアナリストの言葉をそのまま引用しよう。

エンドユーザが求めているのは非常に細分化された高度な知識であり、そのような専門的な知識を確実に得るためには、(コンポーネントごとに、それぞれのコンポーネントに精通した)複数の人に相談する必要があるとエンドユーザは感じているのです

利用可能なオープンソースの種類が増えて、その組み合わせから来る品質面やサポート面の課題を一手に引き受けるスタックサポートは、一見必要性が高いと思われたが現実にはどうなのであろうか?The 451 Groupのリサーチが正しいとすれば、スタック・サポートへのニーズは低いということになる。

SpikeSourceの戦略転換

SpikeSourceは、オープンソースの利用が一般化する中でスタックサポートを開始した新興企業の一つである。当初は大手企業向けにスタック・サポートを提供するビジネスモデルであったが、今年に入ってからターゲットを中小企業へ変更したりより業務アプリケーション層に近いオープンソースを取り込んだりと、戦略の転換を図りつつある。SpikeSourceは上場していないため、その財務状況は判らないが、戦略転換をした以上は、大手企業の市場が成熟してしまったか、想定通りに市場が立ち上がらなかったと考えられる。  

スタック・サポートとは、ソフトウェアのモジュール化が進展する中において、ある意味逆行したサービスという捉え方も出来る。つまり、スタック化することで、再度密結合状態を作り出してしまうからだ。また、ベンダーは、その複雑に密結合したスタックによって、顧客をロックインするかもしれない。そうなっては、オープンソースを利用することのメリットが薄れてしまう。また、スタックとしてサポートを提供することは、導入を簡易にする一方で、個々のユーザー企業における個別性への対応を困難にし、また個々のオープンソースへの専門性を犠牲する。

とすれば、必要とされているのは、スタックとしてのサポートではなく、モジュラー化されたオープンソース・ソフトウェアを結合させるためのコンサルティング・サービスの方なのかもしれない。それならば、ブラックボックス化したスタックにロックインされることもなく、また、個別のオープンソースについては専門家に問い合わせることが可能となる。

"Emergent Strategy"のフェーズへ

とはいえ、これも仮説に過ぎない。顧客セグメントによってニーズは異なるだろう。また、オープンソース利用の成熟度合いによっても変わってくるだろうから、米国の事情が日本に当てはまるとも限らない。ただ言えることは、オープンソースのスタック・サポート・ビジネスも、"Intended Strategy"から"Emergent Strategy"へと舵を切り始めているということだ。成否が出るものまだこれからだろう。

ちなみに…

私の"Intended Strategy"であった石焼芋屋以降、大蔵官僚、画家、釣り師と、ひたすら"Emergent Strategy"を繰り出しているが、未だ何一つ成就する見込みはない。人生は「純粋階段」のようなものですな。

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