キムチ冷蔵庫とリード・ユーザー・イノベーション

飯田哲夫(Tetsuo Iida) 2006-10-22 01:20:42

私はキムチを自分で作れる。マンチェスターに住んでいた時に、キム君の奥さんに作り方を習ったからだ。その経緯はこうである。

マンチェスターに売っている米がおいしくないので、副菜として中華食材店でキムチを買った。ところが、どうも薬っぽい味がして美味しくない。そこで、キム君に「どこに行けばおいしいキムチを買えるの?」と訊くと、「今週作るから、うちにくればいい。」という。するとでっかいタッパーに入れて自家製キムチを呉れたのである。キム君の家では朝・昼・晩にキムチを食べるということで、奥さんが毎回大量に作るらしい。

1ヶ月ほどしてキムチを食べ終えてタッパーを返しに行くと、また満杯にして返してくれた。そんなことを数回繰り返した後、さすがに申し訳ないなと思って、つい「作り方を教えてくれ。自分で作るから。」と言ってしまったのである。キムチの味は家庭の味。まぁまぁの出来になったらお返しに持って行ったところ「辛すぎんじゃない」と怒られた。

CNETとキムチ冷蔵庫

またしても前置きが長くなってしまったが、実は出張中に配信されてきたCNETの「キムチ冷蔵庫の歴史」という記事が気になっていたのである。何でCENTがキムチ冷蔵庫?という疑問もあるが、それを突っ込むと自分も突っ込みどころ満載なのでやめておく。

さて、先の記事によると、キムチ冷蔵庫というのは、通常の冷蔵庫では満たされないキムチ独特の要件を満たすために開発されたのだそうだ。通常の冷蔵庫のように冷気を噴射する方法では、温度や湿度にムラが出来ておいしくキムチを保存できない。それに対してキムチ冷蔵庫は、冷却装置で全体を包み込む方法を取ることで、温度・湿度を一定に保つことができる。しかも開閉口も上下もしくは引出し式とすることで、冷気が逃げないようになっているらしい。まさに家庭の知恵を反映した作りだ。

リード・ユーザー・イノベーション

いかん、更に前置きを続けてしまった。そんな折、出版からはちょっと遅れてではあるが、ヒッペルの「民主化するイノベーションの時代」をパラパラと読んでいたら、まさにリード・ユーザーによるイノベーションの積極活用が、企業に良いパフォーマンスをもたらすという主旨のことが書いてある。

キムチ冷蔵庫がリード・ユーザーの知恵を生かして開発されたものなのか、企業の研究室から出てきたものなのか、先の記事に書かれているわけではない。しかしながら、この本から最初に思い出してしまった製品がキムチ冷蔵庫だったのである。いかにも、冷蔵庫でキムチを保存していた顧客が、「昔みたいに、土に埋めた甕みたいに冷やせるといいんだけどねぇ」などという発言がヒントになったような気がするのである。これはただの推測だが。

クリステンセンとの矛盾

ところで、このユーザー・イノベーション、かの有名な「イノベーションのジレンマ」のクリステンセンと矛盾する。この矛盾点についてはヒッペルの本の中でも議論されている。クリステンセンの提起した議論は、顧客に耳を傾けすぎると破壊的なイノベーションの波に乗り遅れる、というものだった。一方、ヒッペルの議論は、それに反するものであるということで、クリステンセンはヒッペルを批判したという。それに対するヒッペルの反論はこうだ。

筆者の研究成果、および他の人々による同様の研究成果は、「リード・ユーザーによる」イノベーションについてのものであって、「顧客による」イノベーションについてのものではない。リード・ユーザーという概念は、ある特定の会社の顧客より、はるかに広範囲な領域を包含する。(「民主化するイノベーションの時代」 エリック・フォン・ヒッペル、ファーストプレス、187ページ)

この議論、本書でも取り上げられているオープンソースにも密接に絡む部分なので結構重要である。クリステンセンが対象としているのは、ビジネス・エンティティとしての顧客であるが、ヒッペルが対象としているのは、ビジネス・エンティティには限らない。むしろ、個人レベルのものの方が多い。また、ビジネス・エンティティに属していたとしても、その中にいる個人という見方の方が当っているだろう。

顧客の声とは

クリステンセンは、顧客の声を聞かない方がいいときもある、と言う。しかし、その時、ビジネス・エンティティとしての顧客の声と、リード・ユーザーとしての顧客の声は聞き分ける必要がある。たとえ、保守的な大企業が相手だったとしても、その中にいる人がリード・ユーザーでないとは言い切れない。仮にビジネス・エンティティとしての決断は出来なくても、個人として面白いアイデアを抱えている人は結構いるものである。特にネットワークのオープン化が進む昨今では尚更である。

ということで、キムチ作り、キムチ冷蔵庫、民主化するイノベーション、と話は流れてきたが、議論したかったのはクリステンセンとヒッペルの対比の部分でした。

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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