イノベーションとマグロ釣り

飯田哲夫(Tetsuo Iida) 2007-05-07 01:28:12

マグロはもう釣らないことを決意した。「そもそも釣ったことないじゃねぇか」と言われればそれまでなのだが、まぁ死ぬまでにそんな機会も訪れるかもしれないので念のため宣言をしておくのである。

National Geographic 4月号に欧州におけるマグロの乱獲の話が載っているのだが、最近では魚群探知機どころか飛行機で魚群を探し出し、そこへ船がやってきて一網打尽にしてしまうのだそうだ。そんな魚の獲り方をして何が面白いと思うが、日本を始めとしてマグロの需要は極めて旺盛なのだから仕方がない。

このままではマグロが獲りつくされてしまうという現実が迫る中、その主要輸入国である日本でマグロの完全養殖が成功したという。この話はNational Geographicにも取り上げられていたのだが、実は偶然にも同じ話を野中郁次郎・勝見明共著になる『イノベーションの作法―リーダーに学ぶ革新の人間学』で読んだところだったのである。

そう、イノベーションとマグロである。別にマグロの本ではないが。

イノベーションのリアリティ

これは、リアリティのあるイノベーションの書である。通常の経営書の類は、かくあるべきというセオリーを説くことにその大半を用い、ではどうやってそれを実現するのかという点については、読者も疲れてきたあたりに申し訳程度に付け加えられていることが多い。それゆえに、そうだそうだと納得しながらも、いざ自分の所属する組織においてどうやって実現すれば良いのかと途方にくれて終わる。

本書の異なるところは、まず、全てがケーススタディーに基づいたイノベーションの物語となっていること。マツダ「ロードスター」、サントリー「伊右衛門」、近畿大学水産研究所「クロマグロ完全養殖」、シャープ「ヘルシオ」などなど。各章がケースの紹介と分析という構成なっているので、ぐいぐいとストーリーに引き込まれる。

次に、著者が指摘する通り、「人材論ではあまり意識されてこなかった能力」、「むしろ否定的にとらえられ」る側面を取り上げていることである。例えば、イノベーターの条件として政治力、感情の重要さが説かれる。このあたり、イノベーションを発生させる仕掛けだけではなく、実現させるためのプロセスにフォーカスを当てていること、また、人間としてのイノベーターに光を当てていることと関係している。

また、いくつもの対立する概念が取り上げられるのも特徴である。理想主義に対して、いかに現実主義を発揮するか、オフィシャルなことではなく、アンダーグラウンドがイノベーションの発端になること、マクロ的な視点よりもミクロ的な気付きが重要であること、客観的な分析よりも主観的なカンが重要であること。つまり、イノベーションの正論を語るに際して忘れられてしまう側面を取り上げることにより、現実味のあるイノベーション論となっている。

SECIモデル

野中郁次郎先生だけに、最後はSECIモデルに当てはめるとどうか、というテーマにも当然触れている。当のSECIモデル自体が、現実の組織において効果的に回していくのは決して簡単な話ではないのだが、本書で取り上げられていた「イノベーションの作法」の数々は、SECIモデルにもリアリティを与えるものとなっている。

しかし、最後に組織の話に落ちてきたところで、この「イノベーションの作法」を組織に組み込まれたものと出来るかという点が企業としての実力に反映されるという話になる。しかし、本書はイノベーションを実現してきた個人の振る舞いフォーカスする傾向が強いため、いかに組織に組み込んでいくかというテーマは、更に議論を必要とするだろう。

バランスが大事

先ほど述べたとおり、本書では主観の大切さも説く。私の釣りは「今日は釣れるに違いない」と極めて主観的かつ感情的なので、野中郁次郎的にはイノベーティブなのだが釣れない。本書をよく読み返してみると、主観の大切さも、客観的分析とのバランスにおいてであるそうだ。たまには潮時表をちゃんと読むことにしましょう。

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