東京ミキサー計画とサンのSaaS計画

飯田哲夫(Tetsuo Iida) 2008-04-29 15:21:44

1960年代に東京ミキサー計画なるものがあった。これは、ハイレッドセンターと呼ばれるアーティスト集団が、アートの概念を覆そうとした試みである。美術館に展示されているものをアートとするならば、それは極めて教科書的な概念であり、観客は観客としてしか芸術に触れることが出来ない。ハイレッドセンターは、例えば電車の駅員が、美術館の観客としてではなく、駅員としてアートに触れられる試みを行った。

それは、まさに駅や電車の中での突発的なパフォーマンスであったり、銀座の路上を白衣姿で掃除を行うという行為であったり、晩餐会の招待状を送付しておきながら主催者がひたすら飯を食っているところを見せるといったことであったり。極めてナンセンスなのであるが、今でこそ何でもありとされるレベルまでアートの領域を拡張するには、そのくらいの飛躍が求められたのでる。この違い、釣りに例えるならば、釣堀で釣るのと自然の中で釣るのとくらいに違うのである。

サンのSaaS計画

さて、最近サン・マイクロシステムズがISV向けにソフトウェアをサービス化するためのサービスを開始した。これは何もかもがサービス化へ向かおうとする最近の潮流を捉えたものであると思うのだが、旧来型のソフトウェア企業にはあまりにも渡りに舟なサービスだけに何かそこには落とし穴があるような気がするのである。

用語としてのSaaSであるとかPaaSが遍く使われるようになり、ソフトウェアをソフトウェアとして販売していることが古いと捉えられ、ソフトウェアはサービスとして提供するものだという脅迫観念が生じてくると、とにかくソフトウェアはサービスとして提供しようという話になりがちである。

サービス化の落とし穴

そして、顧客側にはサービス化されたソフトウェアは、従来よりも支払う金額は少なくても済むだろうという期待感があり、提供する側にも買ってもらうより安く提供できないと意味が無いという前提が存在している。つまり、ソフトウェアのサービス化というのは、単なる提供方法を変えることではなく、ビジネスモデルを変えるということとなる。ビジネスモデルを変えるということは、提供方法だけではなく、営業方法から、背後にあるオペレーション、開発方法、コスト管理など様々なことに影響が出る。

なぜそうなるかと言えば、単に提供方法だけ変えても投下資金の回収が遅くなるだけの話なので、まったく利に叶わないのである。これは、当初Salesforce.comのようなSaaS型企業が注目を浴び始めたときには自明のことであったが、誰もがSaaSをと言い始めた最近では、むしろ提供方法を変えることにばかり目が行っている嫌いがある。サン・マイクロシステムズの新しいサービスが実に便利な響きを持つだけに、かえってそんな警鐘を感じ取ったのである。要は、活用するには活用する側の心構えも重要ということだ。

ところで、ハイレッドセンターとは、その主要メンバーである高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之の頭文字を取ったもの。そのうち、赤瀬川原平は、私の好きなトマソンの親分なのでした。詳しくは『東京ミキサー計画―ハイレッド・センター直接行動の記録』

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