井の中の蛙を目覚めさせてくれた体験

前川賢治(Kenji Maekawa) 2007-11-15 17:58:33

 もう20年ほど前の話になりますが、大学を卒業して会社に入った翌年に、インドから来たエンジニアの世話を上司から任されたことがあります。語学がからっきし苦手な自分がなんでそんな役回りになったのか良く分からないんですが、ブロークンなジャパニーズ・イングリッシュとインド人特有の巻き舌っぽいイングリッシュで、おぼつかないながらもコミュニケーションをしていました。それでも数ヶ月一緒にいるうちに、ほとんどの意思の疎通ができるようになるところは不思議なもんです。

 まだメインフレームが全盛の時代で、僕自身もCOBOLでプログラミングをしていました。要件からフローチャートを書いて、机上でデバッグして、なんやかんやと詳細設計が終わったところで、最後に「コーダー(coder)」と呼ばれるプログラマに渡す、といった開発手順が主流でした。僕だけではなく周囲もプログラミングとはそういうものなんだと考えていました。

 ところが、インドから来たアスラム君はまったく違っていたんですね。まず、彼が使ったのがその頃登場してきたUNIXワークステーション。コンピュータっていうのは計算機室に鎮座していて、端末っていったらテキストしか出ないダム端末というのが当たり前なのに、UNIXワークステーションは何やら小さなケースに入っていて、しかも画面にはきれいなグラフィックが表示されるじゃないですか。まずこの段階で「なんじゃこりゃ」って感じですよ。

 次に彼の仕事のやり方がすごい。雑談程度に話をしただけで、「よし、分かった」と言ってキーボードをカチャカチャと打ち始めるわけです。しばらくするとプロトタイプが出来上がったから見てくれと言う。フローチャートもない、机上デバッグもしない、方眼用紙で画面設計をするわけでもない。プロトタイピングなんて手法がない頃です。しかもプログラムを動かしながら、画面に表示されたソースコードを猛烈な速さでスクロールして、ここがおかしいと見つけてはパっと直しちゃう。またまた「なんじゃこりゃ」なわけです。

 その当時プロジェクトでお付き合いのあった大手メーカーのエンジニアが、僕のところに大挙して押し掛けて来て、「彼を後ろから見てていいですか?」というくらいにプログラミングのスピードは抜きん出ていました。プログラムってこんなに早く作れるものなのか、あるいは作るべきなのか、ということを現実に見せつけられて、僕をはじめとして全員が完全なカルチャーショック状態にあったと思います。

 アスラム君はおそらくインド人の中でも特別優秀なエンジニアだったのではないかと思いますが、会社に入って間もない頃に出会えたことで、いろいろな刺激を受けました。UNIXの使い方やCによるプログラミングなど、技術的な面は全部彼に教わったといっても過言ではないでしょう。

 日本の有名な諺に「井の中蛙(かわず)・大海(たいかい)を知らず」というのがあります。大型コンピュータを使って紙と鉛筆でプログラミングすることが当然の作法だと思い込んでいたときに、UNIXワークステーション上でプロトタイプをパッと作ってしまうプログラミング手法があることを知って驚いたように、当たり前と思っていることも世界の中では当たり前ではない可能性がある。自分達の技術ややり方が一番だと思っていても、世界にはもっと凄い技術があり凄い人がいる可能性があるわけです。昔の話を振り返って、謙虚な姿勢で新しい物事を吸収する大切さを改めて思います。

 仕事が終われば毎日のように飲んで馬鹿話をしていた彼は、5年ほどしてアメリカに渡ってしまうのですが、その後も会社が呼んだ何人かのインド人エンジニアはすべて僕が面倒を見て、結局10年間くらいはインド・カルチャーに接しながら会社生活を送りました。ですから、訛りの強い「印グリッシュ」が実はいちばん良く聞き取れますし、今でもインドには強い親しみを感じます。

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前川@ドリーム・アーツ

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