オープンソースが担うべき責務

opensource 2005-08-12 17:10:34

 本ブログでは、GPLによるオープンソースライセンスの社会的義務についてしばしば論じてきた。これを端的に表すと、手に入れることも利用することも、中身を見ることもそれを変えることもできるが、自分が施した変更点はすべての人のものだということになる。

 だがわたしは、そうした約束事を超越したところに、ユーザーがあらゆるオープンソースプロジェクトに対して期待するもっと別の社会的義務があるのではないかと思っている。

 透明性であるとか公平性であるとか、どのような呼称を使おうとかまわないが、それが何であるのか人々にはわかっているはずだ。そして、そんな共通の理解(うまい言葉が見つからないのでこう表現しておく)がないがしろにされたとき、多くの人は自分がそうされたように感じるのだろう。

 邪悪はことはしない、合い言葉はこれに尽きる。

 本稿でGoogleの話を持ち出そうとしていることは、読者にはもうわかっただろう。これもご存じかもしれないが、GoogleのCEOであるEric Schmidtが、この記事を巡って怒りを爆発させ、News.Comにコメントを提供するのを止めてしまった。同記事で、News.Comの記者Elinor MillsがSchmidtに関する情報をGoogleで検索し、その結果を公開したのである。

 Millsの記事の趣旨は、Googleの強力な検索能力をもってすれば、プライバシーを崩壊させることはひどく簡単だということだ。強力な検索機能は善だが、プライバシーの侵害は悪である。ではしかし、いったいどうすればよいのだろう?

 この問いは、Google(およびテクノロジー)とは何かという核心に迫るものであり、Schmidtはこれに答える代わりに、MillsがSchmidtをGoogle検索した件について非難することにしたようだ。だが、Millsが例えば自分自身を検索しそれを公開したとしても、意義深い記事にはならなかっただろう(なんといっても、記者よりはCEOのプライベートのほうが興味深いのだし)。Millsの記事を読んだ人はだれでもそこからヒントを得て、Schmidtを再度Googleで検索し、結果を公開するよりひどい悪事を働ける。これこそが、Millsが記事で示唆したかったことなのだ。

 一般的にオープンソース界の住人も、邪悪なことはしてはならないという責務を負っている。暗黙の了解ではあるが、これはもうオープンソース契約の一部となっているのだと、わたしは思う。もっとも、言うは易く行うは難いのだが。

 とにかく、怒り狂うより前に、わたしたちには考えねばならないことがあるのだ。

(Dana Blankenhorn)

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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