始まりの青空

secondlife 2007-07-26 10:00:00

『抜けるような青空』というのは、まさにこのことだ。

俺はビルの隙間から覗く空を見上げて、素直にそう思った。

時はランチタイム。

オフィスビルの立ち並ぶこの一角で高い人気を得ているイタリアンに、俺は昼休みの少し前から席を陣取っている。

予約していて良かった。

立ち並ぶ客の目をよそに運よくテラス席に通された俺は、ビル以外遮るもののない青空をぼんやりと見上げながら、同僚の大原さくらを待っていた。

ドリームインターフェース社に転職して半年。

大手企業から中堅のベンチャー企業への転職はまだ成功といえない。

有名私立大学を卒業後、大手ゼネコンに入社。

マニュアルに沿った営業と少しのスパイスで、気づけば同期の中でトップクラスの成績。もちろん成功報酬もそれなりで、自分で言うのもなんだか、俺は決断力も行動力も実力も同期の中では軍を抜いていた。

上々の俺の人生。

………だけど何かが物足りない。

そんな時突然と来たヘッドハンティング。

中堅とはいえ、世界のインターフェイス業界に改革をもたらす…とまで言われているこの会社の新規事業の開発担当に抜擢されたのだ。

それは俺のなんとなく鬱屈していた気持ちを奮い起こさせた。

インターフェイスとは、通常はあるものとあるものの境界を表す言葉だ。例えば、コンピュータの世界で一番身近なインターフェイスの機器といえば、人間とコンピュータを繋ぐマウスが思い浮かぶ。

それがSFの世界でいうと、自分の視野に接続した眼鏡型の機械を通してパソコンやテレビの画像を三次元で体感できるもの。たとえて言うなら……そう、トム・クルーズの映画「マイノリティリポート」に出てくる。あれ、だ。

そんな『未来的』で『世界規模』な企業の『新規事業部』に引き抜かれた俺。

それは未知の可能性を秘めた世界で、俺の実力をどのようにでも使ってくれといわれたようなもので、俺は一も二もなく頷いた。

まさに俺の力を試されているのだが、残念な事に未だその力を発揮できていない。

……しかし、

「セカンド・ライフだ」

俺は抜けるような青空から目の前のオフィスビル郡に目を移し、立ち並ぶ待合客を目で追う。

このうんざりするほどの群衆の中で、どの位の人間がセカンド・ライフのチャンスを見出しているのだろう。

セカンド・ライフ

もちろん引退後の生活……ではなく、インターネット上の仮想空間。

匿名性のもう一人の自分がネット上の別の世界の中で生活を繰り広げられる。

ネットサーフィンをして何度かぶち当たり、いつもの好奇心でログインしてみて始めて分かった。

続々と発表される大手企業のショールーム、ボランティア、遊技場、大統領選、映画撮影、宇宙遊泳、結婚、アダルトコンテンツ………

その世界の大きさ、その深さ、未知なる可能性。

なんて言ってもセカンド・ライフ内では歩くのと同様、人間は空を飛べる。

そこは全世界、人種、性別、年齢、時空、空間、貧困、宗教、差別、常識…全てを払拭した人々の意思のドリームワールドだ。 

この可能性は、凄い。

俺の第六感がしきりに俺を急かしていた。

この仮想世界が、俺の進める新規事業の軸となることに間違いはない。しかし、頭の固いお偉方と部長にこの世界の可能性を理解させるのは難題だ。そこで俺はそんなお偉方に構わず、独自でプロジェクトを進める事にした。それには強力な助っ人、さくらの存在が大きい。

「さくら、遅いな」

俺は時計で時間を確認しながら、さくらの姿を群衆の中に探す。

この場所を指定してきたのはさくらだった。

俺よりも少し前にセカンド・ライフにインした彼女は、その世界の可能性と問題点を俺に説くべく、このランチを提案したのだ。

さくらは大学の後輩で、同じサークルの仲間。知的で容姿端麗。サークルの間ではちょっとしたマドンナで、俺には高値の華だった。

しかし偶然にも俺の転職先で一緒に席を構え、しかもセカンド・ライフを共に進める事になるとは。

「ごめんなさい!もう頼んだ?」

忙しげな店内からテラス席の俺を見つけ、さくらは軽く微笑み近づいてきた。漆黒の瞳に凛とした唇。笑うと華やかさが溢れ、陽の光りによって茶色に染まった髪が風になびいていた。

俺といわずとも思わず目を奪われてしまう。

まさに名前の通り、さくらは日本女性的美しさを秘めている。

「まただよ。パスタランチが美味しいんだよね?」

見惚れてしまった自分を誤魔化すように、俺はメニューを取ろうとした。

しかしその瞬間さくらの背後の人物に俺は気づく。

長身で大柄な男性。スーツ姿でないところ普通のサラリーマンではないらしい。その男性はさくらと目配せをして、俺の元へ近づいてきたのだ。

「紹介するわ。この方、須藤さん」

さくらの紹介に俺は席を立ち、条件反射のスマイルで手を差しだした。

男性は俺の手を取り強く握り返す。 

「始めまして、君の話は聞かせてもらっているよ」

ニコリ、と口元を上げ微笑み、男性は当たり前のように席に腰を下ろす。

一体、こいつは誰なんだ?

セカンド・ライフは?

状況の飲み込めない俺はそのままさくらを見やる。

そんな俺にさくらは目で相槌をうち、微笑み、楽しそうに俺に告げた。

「さぁ、ランチミーティングよ!」

(このブログの著者でもある大槻透世二さんがSecond Lifeでの「ものづくり」を紹介する「Second Life 新世界的ものづくりのススメ」。第19回は、『連載再開、まずは頭慣らしで「スクリプト超基礎」』。こちらもご覧ください)

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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