J-SOX対応は本当に大丈夫か?(7) 米国では新規公開企業と小規模会社に緩和策適用の動き?

徳田浩司(Koji Tokuda) 2006-08-29 23:42:53

まだ明らかとされていない日本版SOX法(J-SOX法)ガイドライン

日本版SOX法のガイドラインが出ない。そもそも7月ごろに出すと言っていたものが秋にずれこみ、更に2006年いっぱいまでかかるかもしれないという話が海を渡って聞こえてきた。ガイドラインが出るまで、対応への着手を見合わせている企業も少なくないようだ。本来、経営管理の根幹に関わる話なので、ガイドラインがなくても取り組むべきものだと思うが、多大なコストがかかるとのもっぱらの評判なので、できるだけ後まわしにしたいということのようだ。しかし、法律の施行が2008年4月からと期限が切られているわけであり、ガイドラインが出るのが遅くなればなるだけ、対応が間に合わなくなる企業が続出する可能性が高まるのである。

SOX法の負の側面-ベンチャー企業への足かせ

もともとこのガイドラインの制定には、かなり根深い議論があることが要因となって、なかなか決着がついていない。そのうち、ベンチャー企業への影響については、非常に大きな争点となっている。SOX法先進国米国での議論と混迷を見ると明らかだ。

小規模企業への負担感が強い米国SOX法対応

米国では、SOX対応は、どんな小さな企業でも、年間2,3億円の新たなコストを覚悟しなければならない。米国ナスダックへ上場するために、仮にそれだけのコストが必要だとすると、利益がそっくり吹っ飛んでしまうことになり、40億円から60億円もの企業価値が下がることになる。SOX法対応は全ての上場企業にとって面倒な話であるが、本来、粉飾決算をしないように、内部統制をきちんとやりましょうということなので、基本に忠実にやっているところは、なんら難しい話ではない。もちろんプラスアルファーのコストはかかるが、きちんと内部統制ができている大企業にとっては、粛々とSOX法の流儀に従った形に対策をやり直せばすむ話である。しかし、実際のところ、管理の手薄な、中堅、小規模企業、更には、これから上場を目指そうという未公開企業全てに対しては、新たな作業となるなるため、非常に大きな影響が出てくるのである。

SOX法対応コストに耐えられず株式公開できない米国ベンチャー企業

以前は、米国新興市場ナスダックへの上場は、赤字でも可能という話があった。もちろん成長過程にあることが前提である。今では非常に現実的な姿で、売上が増え赤字から黒字に転換して、少なくとも1,2億円ぐらい利益が出ている時点、というのが一般的である。しかし、仮に2億円のコストが余計にかかるとすれば、公開時期はどうしても最低でも1年、2-3年は後ろ倒しになってしまう。しかも、過去の基準で見て、公開後も順調に成長を続けられる企業ばかりではないため、公開時期が遅れれるということは、SOX対応コストを除いた収益が5億円とか10億円とか、売上高で言えば数十億円から100億円くらいの規模が必要で、その規模まで到達できる企業は限られてしまう。つまり、公開企業数が激減してしまうのだ。ちなみに、いくらシリコンバレーにIT企業の本社が集中しているといえども、売上が1億ドル(約120億円)以上あるIT企業は、150社程度しかない。かつて90年代の後半には年間数百社あったナスダック公開企業が、今では数十社程度と10分の1に落ち込んだのはそのためだ。

パフォーマンスが落ち込み、投資先を厳しく選別するVCファンド

米国では、一般的にベンチャー企業の最大の株主はVCファンドであり、公開直前には80-90%のシェアを持つ。VCファンドは最大でも10年間というファンド期間に限定される。ファンドが投資を行うのがファンドを設立して3-4年の間(投資期間と呼ぶ)で、ファンドが清算される10年後までには全て持分を売却し、現金化し投資家にお返しする必要がある(株券で投資家に返すケースもある)。公開企業になると、持分をいっぺんに売却すると値崩れを起こすのでく、完全に売却してしまうまでには1-2年の時間がどうしても必要となる。逆算すると、ベンチャーキャピタリストとしては、投資してから5年ぐらいで公開してもらわないと困るわけだ。それなのに、2-3年も後ろ倒しになってしまうと、パフォーマンスに影響を及ぼされるばかりか、ファンドの期間内に売却が困難となる。VCの投資先の選別が厳しくなり、成長性の高そうな案件に集中してしまう。

これまで産業振興に大きく貢献したVCファンド

米国のVCファンドの投資家の半分以上が年金基金や大学基金であり、いずれも運用総額の5%-10%などと予算を決めてVCやバイアウトファンドなどに投資を行っている。そのため、ベンチャーバブルがはじけた後も、継続的にVCファンドに投資を続けている。現在も年間2兆円以上のVC投資があるのはそのためだ。ちなみに、そのうち3分の1はシリコンバレーへの投資で、カリフォルニア州全体では全米の半分近く、また、産業別には、全体の3分の2ぐらいがIT産業に投下されている。シリコンバレーがITとベンチャー企業の殿堂であり、世界中から野心を持つ優秀な技術者・企業家に対する求心力を持ち続けているのはそのためだ。比較のために、日本を見てみるとよくわかるが、日本はVC投資額がおおむね年間2000億円台なので、米国の10分の1にしか過ぎない。経済規模で見ると2:1であるのにである。日本には投資金額が少なくて立ち上がるネットサービス系ベンチャーが多く、半導体とかエンタープライズ系の基幹ソフトなど、多額の資金を先行投資して開発を進めていくようなテクノロジー系ベンチャー企業が育ちにくい背景がそこにある。

非常に有能な技術者を吸引してきたシリコンバレー

更には、シリコンバレーには、中国とインドをはじめ、海外の出身者が多い(住民の半分ぐらいは外国生まれ)。給与水準が数倍〜10倍以上と非常に大きな格差があるので、シリコンバレーに渡ってきて5年とか10年もの間頑張れば、仮に自分の会社が株式公開できなくても母国に帰れば大金持ちになれる。なんとしてでもここで頑張ろうという気持ちが非常に強い。そのため、勉強への意欲とハングリー精神は半端ではない。インド人技術者の多くが修士号、博士号を持つ。

ご承知の通り、米国ではリストラは日常茶飯事である。しかも、ビザの発行は会社がサポートしてくれるものであるため、もし、すぐに次の職が見つからなければ、永住権や市民権を持たない限り、本国に戻らねばならない。自ずと夜間の大学院に通ったり、業界団体でのネットワーキングにいそしんだりして、リストラへの対策を打つと同時に、更なるステップアップを狙っているのである。

ある企業の話だが、非常に業績のよい大企業にも関わらず、全社員の5%を対象として、毎年リストラをしているそうだ。もちろん、業績の悪い部門はチーム毎解雇されることがあるし、いくら成績のよいチームでも、20人以上いるチームでは、毎年必ず誰かがリストラの対象となるほど厳しい。ポジションが上がるたびに責任は重くなって、常にパフォーマンスを上げ続けねばならない。若いときに実績を積んだからと言って上級職になって安心はできないのだ。日本では考えられない世界だ。常に生存競争にさらされている。強いはずである。残念ながら、日本人は、人数が少ない上、精神面でも能力面でもかなわない。

こうしたさまざまな利点があって、有望な技術と優秀な人材がベンチャー企業を生み、米国産業を支えてきたのである。

SOX法の影響でファンド資金が先細りになる懸念

しかしながら、SOX法はベンチャー企業及びVCファンドに対し、非常に大きな影響を及ぼしている。ファンドの目線が高くなり、投資先不足を起こしているのだ。仮に、現在の上場市場のの状態が今後も長く続けば、VCファンドの運用成績が悪化するという話になる。多くの年金が、ファンド投資については、運用を外部に委託しているが、もしそうなれば、投資アドバイザー(ゲートキーパーと呼ばれる)たちも、今後VCファンドへの投資比率を下げるべしとアドバイスせざるを得なくなるだろう。それは、長期的には、ベンチャー企業へ投資する資金が減少することを意味し、優秀な人材の求心力を失うことになり、ベンチャー振興に大きな痛手を被ることになってしまう。

新たな出口を求めるベンチャー投資

ベンチャー投資の出口は投資先の売却であるが、公開してマーケットで売却するのではなく、現在は、M&Aが9割ぐらいとなっている。M&Aだと買い手がどうしても大手企業に限られてしまうため、高い値がつかず、ファンドのリターンが上がりにくい。

また、現状の米国上場市場を嫌って、ロンドン市場での公開を目指す動きがある。ロンドン新興市場であるAIMでは2005年500件の公開のうち、なんと海外企業が200件も占めた。SOX法に類似する法律が現状存在しないことが大きく、新しいナスダックと呼ばれるように、かつてのナスダックの機能を果たしている。米国の証券業界も、新規公開株と言う非常に大きなビジネスチャンスを失っていると考えている。ちなみに、日本の新興市場や証券会社が、ロンドンAIMと同じ役割を果たしたいと考えており、米国ベンチャー企業に対し日本での上場を誘致しようという動きがあったが、果たしてどうなるか?

落しどころを探る米国金融当局

現状のコスト負担の厳しさは、法案を提出したサーベンス、オックスリー当人らも予想外だったと漏らしている。こうした背景から、小規模企業や新規公開企業にはSOX法の適用除外としようとする動きがあるわけである。緩和策支援グループの主張としては、上記のベンチャー振興の観点のみならず、小規模企業の市場価値は相対的に非常に小さく、仮に粉飾などの問題が生じても、証券市場全体へのインパクトが小さいということである。

しかし、一方緩和策反対グループの意見もある。例外規定を作ると多くの上場企業が適応対象外となってしまう。SOX法がザル法となり、そもそも法律を制定した意味がなくなるという主張である。それもあり、簡単には決着しなかったのである。少なくとも、5月の米国証券取引所の発表では、例外は認めないという論調であった。ただ、今後も延長が繰り返されて、最終的には現実的な路線に修正されていくのではないかという見方が強くなっている。何か問題が起こると理想論を掲げて一気に突っ走ってしまうが、実際の適用にはさまざまな矛盾が露呈し、最後は落ち着きどころを捜すという、米国にありがちなパターンであると思う。

緩和策に傾き始めた?米国当局

さて、最近の動きであるが、今月米国証券取引所が以下の緩和策を提案した。ポイントは以下である。

1.小規模企業に対し、SOX法第404項の最終期限の延長を提案。

資本調達額75百万ドル以下の小規模企業については、第404項の内部統制の実施期限を、2007年7月15日から、2007年12月末日まで延長。

2.更に、新規公開企業についても、1年の過渡期を設けることを提案。

〜新規公開企業は、公開した最初の1年間は、財務諸表に関する内部統制を必要とする第404節の要求項目を免除とする。

3.小規模企業に対する内部統制についての監査人の証明レポートの提出実施日を、2008年12月15日以降の決算期に延長する。

これが実現すれば、米国内企業の44%、外国企業の38%に対し、緩和措置が適用されることになる。実際にこれで、ベンチャー企業にとっての負担はかなり少なくなり、VCやVCファンド投資家にとっては朗報だ。

日本はどうなるのか?

さて、日本はどうなるのだろうか?日本も、小規模企業に対する大幅な緩和策が取られることを期待したい。しかし、一旦法令化してしまった以上、言いだしっぺの米国が、やーめたと、と言ってくれないと困るのである。新規公開企業や新規公開企業に対しては、例外規定を設けて欲しいものだが、今後の米国の動きは注視したい。

とはいえ、J-SOX法の精神は、リスク低減とディスクロージャーの遵守であり、経営の根幹に関わる話であり、どういう落ち着きどころになろうと、企業のトップが自分の頭で考えなければならないものであることには変わりがない。

(徳田浩司 koji.tokuda at www.fusion-reactor.biz

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