自動車業界も同様だ。自動車も各部品がレイヤとなっており、それらが効率的に役割を果たすには擦り合わせ技術という“匠の技”が必要だった。この日本の自動車メーカーの強みも、安易に組み立てられる電気自動車の登場で変わってしまう可能性がある。「垂直統合が解かれると、安価な労働力で対抗するしかなくなる」と佐々木氏は言う。
かつてソフトを販売するにはCDなどのメディアを大量複製し、印刷物を添えてパッケージに納め、流通を通して小売店へ卸すしか方法がなかった。しかし今ではApp StoreやAndroid Marketで開発者は直接ソフトを販売できる。価格も下がっており、多くの人員や多額の開発費を投入した高額なソフトは売れるのが難しい時代となっていると佐々木氏はソフトメーカーの現状を紹介。音楽や電子書籍についても日本企業は似たようなジレンマを抱えていることも話す。
「しかし、この流れは止まらない。止められないのだから嘆いてもしかたがない。ビジネスモデルが崩壊していく中で我々ができるのは、適応することだ。グローバリゼーションというのは、要するにこういうことである」
二極化する世界
「世界は二極化する。ひとつはクラウド化するグローバルプラットフォーム。対抗するならノマドとしてスモールなモジュールになるか、という2つしかない」と佐々木氏は強く言う。しかしノマドの小さいビジネスを追求することは、大企業にはできない。
「プラットフォーム化を狙わなければいけない。グローバル化とともに、クラウドがプラットフォームになりつつある。日本では震災を契機にクラウド化への意識が一気に進んだ。プライベートクラウドからパブリッククラウドへ。ローカルからグローバルへ。このふたつの方向性は劇的に一致しつつある」
「Gov 2.0」が描く未来の社会
佐々木氏はTim O'Reilly氏が提唱した「Gov 2.0」こそ、国家や政府がプラットフォームになるモデルであると解説する。
「Obama政権はオープンガバメントの名のもと、政府のデータを公開しはじめている。ワシントンDCでは渋滞情報や統計情報を公開。このデータを基に民間企業や個人がアプリを開発して行政サービスに代えている。ロサンゼルスでも公共交通機関の運行情報データが公開され、アプリになっている」と米国での事例を紹介する。この方法なら自治体はAPIを公開するだけで、あとは民間が自らサービスを使いやすくする。行政は従来の不便な自治体ポータルを運営するコストが削減でき、行政サービス担当職員もムダな仕事が減る。
佐々木氏はO'Reilly氏の『政府はプラットフォームになるべきだ』という言葉を引用する。行政サービスの垂直統合を解体し、水平分業化への転換が日本でも始まる可能性について「ITに詳しい若手官僚が実験的な取り組みを始めようとしている」と話し、期待を寄せる。
ソーシャルメディアで情報伝達チャネルが変わる
これまで人や組織が他人や他の組織と連絡を取ろうとした場合、メール、電話、ファクス、手紙などのツール、直接会うといったコミュニケーションチャネルが用いられた。だが、このチャネルもクラウドコンピューティングなどが支えるSNSのプラットフォーム化によって変化すると佐々木氏は説明する。
「最近はコミュニケーションプラットフォームが面白い状況。特にFacebookのメッセンジャーはメールよりも便利。リアルタイムで返事をするとチャットのようになり、メールとインスタントメッセンジャーを融合したようなものになる。しばらく返事をしないとメールに戻って新着メッセージがあれば教えてくれる。Google+も同様だ。チャット、メール、音声、動画が融合され、もはや相手の連絡先を憶えておく必要はなく、Facebookでアイコンをクリックするだけで済んでしまう」
SNSがコミュニケーションのためのクラウドプラットフォームと化し、情報チャネルさえも統合されてしまうのである。共通プラットフォームへ、どのように自分たちを適合させていくかが、これからの個人や企業の課題となるだろう。あるいは企業はいかにして強力なクラウドプラットフォーマーになれるかどうかにかかっていると言える。
佐々木氏は今や旧来のビジネスモデルが変革されるだけでなく、ソーシャルとクラウドによって社会そのものが変容するだろうと、この講演では事例や兆候を挙げながら予測を述べた。
「企業、政府、個人は縮小してモジュール化するか、プラットフォームになるか、選択を迫られている。クラウドは単純にコスト削減の手法ではなく、社会、産業、ビジネスが変わるという発想を持って欲しい」と講演を締めくくった。