イベントリポート:HCL CTO Straight Talk 2016  IoTで変わる製造業の未来、21世紀型企業に生まれ変わるには?

IoTのデータ収集・分析の課題とは

 IoTでデータを収集するうえで技術的に問題となりうるのは、データ量とセンサーの精度だという。

 「例えば、ジェットエンジン1個に搭載されている全センサーが出力するデータは、1時間に10TBにもなる。このデータ量が問題とされないのは、目的が異常値の検出であるため、正常値を全部捨てているからだ。ところが、正常値も含めて分析して別な価値を生み出そうとすると、データ量が問題になるだろう。また、IoTで使われるセンサーは精度が高いとは限らず、クセが強いものも多い。例えば、対象物の振動をモニタリングするときに使われる圧電センサーは、周波数特性にピークがあってそのまま機械学習に使えるようなデータは得られない。また、異常値を検出する場合、単純なしきい値による検出なら簡単だが、センサーが拾ったデータの周期的な変動や別のデータとの相関から異常を検出したい場合は、正常値も含めて分析を行う必要がある」(佐藤氏)

 データの分析に関しては、高度な数学のテクニックは必要ないが、未来予測には別の次元の難しさがあると佐藤氏は言う。

 「現在の状況を把握するだけなら、高校生レベルの統計で十分だが、未来予測には対象のモデル化が不可欠だ。例えば、建造物に設置したセンサーのデータから現在の老朽化の状態を調べることはできるが、いつ倒壊するかは予測できない。老朽化がリニアに進行するか急激に進行するかわからないからだ。現実に即してモデル化できるかどうかが勝負の分かれ目だ。弾性から可塑性へなど系全体が変化していくような場合は、モデル化がさらに困難になる。系が変わらなければディープラーニングでルールを見つけられるかもしれないが、系が変わる対象には適用できない。これは今後の課題と言ってよいだろう」(佐藤氏)

 インダストリー4.0とIoTの関係を正しく理解するには、「CPS」(Cyber-Physical Systems)というキーワードが重要になるという。

 「CPSとは、簡単に言えば現実世界とサイバー世界の間に互いにフィードバックする系を作ること。IoTは現実世界の情報をサイバー世界に取り込む手段なので、CPSの一部と言うことができる。米国で2007年にCPSという用語が最初に使われた報告書の主眼は、今後の人材育成のあり方であり、そこではIT+別分野の知見を持つ人材の重要性が訴えられている。そして、この考えを下敷きにしてドイツで発展・提唱されたのがインダストリー4.0だ。バズワードとしてはCPSよりもIoTのほうが使われるようになったが、その根幹が人材育成にあることを知らないと、目先のテクノロジーの変化に振り回されることになってしまう」(佐藤氏)

 このほか、佐藤氏は現在のIoTが抱える問題として、受益者と負担者の不一致(IoTインフラを提供する側とそれを活用してビジネスを行う側のコスト負担のバランスが不均衡である問題)や、マルチステークホルダー問題などを挙げる。

 「例えば、防犯カメラの場合、被写体、設置主体、設置場所の提供者、データを集める人、分析する人といった人々が絡んでくる。誰にどのような権利があるのかという点について、現在は十分な議論がされていない」(佐藤氏)

 同様にIoTとプライバシーにも解決されていない問題があるという。

 「今から約15年前に東京都水道局と東京ガスが共同でスマートメーターの実証実験を行ったことがあるが、この実験は1日で打ち切られた。というのは、水道とガスの使用量のデータを組み合わせると、そこの住人が何時にお風呂を焚いたかといったプライバシーまで見えてしまうことがわかったからだ。2017年春に予定されている個人情報保護法の法改正では、個人情報の定義をより明確にし、差別につながるようなデータの厳格な管理が求められるほか、小規模事業者でも大企業と同じ規制を受けることになる。IoTで簡単にデータを収集することが可能になるが、不用意にデータを集めるとその扱いに困ることになりかねないので注意が必要だ」(佐藤氏)

IoTに取り組む企業が直面する3つの課題

 最後のセッションは、「第四次産業革命に企業はどう備えるべきか?変化を味方にするために今成すべきこと」と題し、パネルディスカッションが行われた。パネリストは、デンソーの成迫剛志氏、シスコシステムズの今井俊宏氏、HCLテクノロジーズのDakshina Murthy氏の三氏。モデレーターは朝日新聞社の安井孝之氏が務めた。

 まず、パネルストの三氏が、それぞれ企業におけるIoTに対する取り組みを紹介した。


株式会社デンソー
技術開発センター 担当部長
IoTプラットフォーム推進
成迫 剛志氏

 成迫氏によると、デンソーでは「守りのIoT」と「攻めのIoT」に分けてIoTに取り組んでいるという。

 「守りのIoTは『DP Factory IoT』というプロジェクト名で進めているもので工場の生産性向上や品質向上、コスト削減などが目的。一方、攻めのIoTは『DP Mobility IoT』というプロジェクトで、自動運転やコネクティッドカーなど、未来のモビリティを模索するのが目的だ。守りのIoTが継続的イノベーションなら、攻めのIoTは破壊的イノベーションだ」(成迫氏)

 今井氏は、シスコのIoTに対する取り組みには、次の3つの柱があるという。


シスコシステムズ合同会社
イノベーションセンター
シニアマネージャー
今井 俊宏氏

 「1つめは『コネクティビティの提供』。IoTの裾野を広げるにはいろいろな技術が必要で、低遅延なIoT向けイーサネットや、より低電力な無線技術の開発・普及を推進している。2つめは『フォグコンピューティング』。データをクラウドだけで処理しようとすると、ネットワークの遅延やデータ量の問題が生じてくる。そこでモノに近いエッジ(フォグ:霧)の部分での処理が重要になると見ている。3つめは『エコシステムとプラットフォーム化』。シスコはITの会社だが、IoTのソリューションを提供するには、ITとOTの双方が必要だ。そこでさまざまな業界のOTの人たちと協業してIoTのエコシステム構築に取り組んでいる」(今井氏)


HCLテクノロジーズ
Vice President, Engineering and R&D Services, Practice
Dakshina Murthy氏

 Murthy氏は、HCLテクノロジーズの取り組みを次のように紹介する。

 「当社では、5年前からIoTへの取り組みを始め、ゲートウェイやソフトウェア、アナリティクスの開発を行い、業界別のIoTソリューションを組み上げた。IoTの専門部隊を立ち上げ、世界各国の顧客からIoT案件を請け負っており、企業にどのような課題があるのかも把握している。IoTとアナリティクスを有機的につなげてインサイトを引き出し、それをどうITとOTにフィードバックしていくか、そのお手伝いをするのが当社の役割だ」(Murthy氏)


朝日新聞社 編集委員
安井孝之氏

 続けて安井氏は、今回のイベントのテーマである「第四次産業革命」に関して、「工場の生産性が上がるだけなら、せいぜいインダストリー3.5がいいところ。4.0と呼ぶには企業のあり方も変わる必要がある。4.0に到達するために企業はどんな課題を解決する必要があるのか」と問いかける。この疑問に対し、Murthy氏は3つの課題があると指摘する。

 「まず長期的なビジョンが必要だ。4.0で何を成し遂げるのか、自社の将来的なビジネスモデルを定義する必要がある。次に、ビジョンが一朝一夕に実現できるものでないのであれば、常に実験を続け、変化し続けることになる。そうなると、プロセスの変更管理について考えていく必要がある。最後に、評価の仕組みが必要になる。常に変化を続ける以上、その変化が正しい方向に向かっているのかを計測する手段が不可欠だ」(Murthy氏)

 Murthy氏が挙げた3つの課題に対し、成迫氏はデンソーの状況を説明する。

 「最初に紹介したとおり、デンソーでは守りのIoTと攻めのIoTを分けて考えている。守りのIoTはカイゼンが目的なので、ビジョンは明確。数値目標といったかたちで示すこともできる。ただし、日本の工場でできていることが、世界の工場でもできているとは限らない。デンソーは世界に130の工場を持っているが、すべての工場をIoTでつなげて情報連携を行い、全体の生産性を上げていくという取り組みを行っている。一方、攻めのIoTはゴールが見えない。まず未来のモビリティの姿を描くところから始めているという状況だ」(成迫氏)

 成迫氏が言及したとおり、新しいビジネスモデルを確立するのは難しい。「経営トップからIoTに取り組めと命令されて、現場が混乱するということがあるのではないか」(安井氏)

 との質問に、ソリューションを提供する側の今井氏は、次のように答える。

 「企業が抱える問題は、それぞれ異なる。そのため、他社で成功したIoTの取り組みをコピーしてもうまくいくとは限らない。そこでシスコでは、コンサルテーションの中で、製品をIoT化すると何ができるかを一緒に考えてビジョンを描き、そこに至るロードマップを作成するお手伝いも行っている。ただし、IoTを検討している企業のうち、実際に取り組みを始める企業は3~4割といったところ。予算の問題や漠然としたセキュリティへの不安、効果への疑問などから手を引いてしまう企業も多い」(今井氏)

小さく始めて早い段階で失敗を経験すること

提供:株式会社エイチシーエル・ジャパン
[PR]企画・制作 朝日インタラクティブ株式会社 営業部  掲載内容有効期限:2017年2月28日
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