掲載日時: 2007-04-18 08:00

業務のすべてがノウハウに--社内でWikiを利用するヤフー

Enterprise Wikiの企業での導入が進んでいる。日々の業務の中で生まれる「気づき」や「ノウハウ」を資産として残すためのツールになるからだ。

著者 : 林信行

URL : https://japan.zdnet.com/article/20347317/

知識やノウハウを見えるカタチで蓄積

 人材の流動化が勢いを増す中、日々の業務の中で生まれてくる「気づき」や「ノウハウ」をいかにカタチにし、資産として残すかは、今日の企業にとって重要な課題だ。今、そうした「集合知」を蓄積し、更新し、さらに見つけ出すためのツールとして注目を集めているのが「Wiki」というツールだ。

 Wikiはウェブサイトのひとつの形態だが、誰でも簡単にコンテンツを追加、削除し、編集できることが特徴となっている。例えばこの記事がWiki上に掲載されていれば、読者であるあなた自身が情報を追加したり、修正したりできることになる。

 誰もが自由に編集できたら混乱が生じると心配する人もいるかもしれない。しかし、実践してみるとちゃんとした秩序が生まれることは、インターネットの百科事典としてお馴染みの「Wikipedia(ウィキペディア)」が証明している。

 Wikipediaは、このWikiでつくられている。数万人の人が編集に関わり、全記事数は251言語、700万件近くにまで及ぶ。政治や宗教、価値観のように意見対立が起こりやすいテーマでは、たびたび編集合戦が起きることもあるが、そうしたことも含めて重要な情報媒体となっている。

 誰でも編集できてしまうと、悪意を持った誰かに「それとはわからないように」情報を功名に改ざんされると心配な人もいるだろう。ただ、Wikiでは編集行為を記録に残すことができる。つまり、あとでその情報に問題があるとわかった時、その編集を行ったのが誰なのか、ちゃんと確認できるようになっているのだ。

図1 Wikipediaの編集履歴。Wikiのページは自由に編集できるが、いつ誰がどのように変更したか、履歴が残る

 Wikiによる知識共有の有用性にいち早く気がついたのはソフトウェアエンジニア達だ。毎日、数万から数十万行のプログラムコードと向き合い、基盤技術や他プログラムとの連携も視野に入れなければならないソフトウェアエンジニアにとって、効率的な知識の共有は重要な課題だ。このためエンジニア主導のベンチャー企業などでは、早期からWikiを導入しているところが多い。

 米Six Apartなども、早期からエンジニアが個別にWikiを立ち上げて情報を共有していた。そうした先進事例の多くでは、Wikiでのアドレス帳や議事録の共有といったように、「技術」以外の情報を共有する方向に進む傾向があった。だが、そこでWikiの扱いの難しさが障壁となった。Wikiを使った文書の編集は、ITに強い技術職の人材にはわかりやすいが、そうでない人材には敷居が高い。このため利用者や蓄積される情報に偏りが生まれやすかったのだ。

 こうした問題を解決すべく、最近、企業の知識共有向けに作り直されたWikiプログラムがいくつか登場している。それが、Enterprise 2.0時代のナレッジマネジメントツール「Enterprise Wiki」として注目を集めている。2006年11月末には、Enterprise Wikiサービスの1つである「JotSpot」をGoogleが買収したことでも話題になった。

全社員がWikiを利用するヤフー

 Enterprise Wiki製品としては、上述のJotSpotのほか、豪Atlassian Software Systemsの「Confluence」が有名だ。国内でもライトアップ社の「Wuki」、スターティアの「Digit@Link CMS」など、いくつかの製品やサービスがある。一方で、マイクロソフトの「SharePoint Server 2007」やアップルの「Mac OS X "Leopard" Server」(2007年秋頃発売予定)など、サーバプラットフォームにもWikiの機能を組み込んだものが増えている。

 そうした中、実際にWikiを社内の広範な業務に応用する事例も増えており、日本テトラパックや三菱東京UFJ銀行などにて大型の導入事例も出始めている。

表 主なEnterprise Wikiの製品及びサービス

 その中で、最大かつ最も先進的な事例を作っているのがヤフーだ。同社では現在、本社及びグループ会社の派遣社員を含む全社員が、毎日Wikiを利用している。そのユーザ規模は3000人強だ。

 ヤフー システム統括部開発部の阪田浩隆氏は「ヤフーに入社したら、すぐに『コンフルを使いなさい』といわれる。そのかわり、退職したり、産休などで一時的でも離職する場合は、セキュリティ上、翌日にはアカウントが使えなくなる」と話す。

 「コンフル」とは、AtlassianのEnterprise Wiki製品Confluenceのことだ。ヤフーでは、一般職の社員で「Wiki」という言葉は知らなくても、「コンフル」という愛称なら知っている。

 同社 情報セキュリティ本部 情報システム構築部の羽生純也氏は、「ヤフーでは、2002年〜2003年頃に、エンジニアがチーム単位で知識共有のために立ち上げたWikiが登場し始めていた」という。

 その後システム統括部では、これを「PukiWiki」というオープンソースWikiを使ってまとめ始める。技術系のWikiはもちろん、部署単位のWikiなども用意し始め、日々の業務に欠かせないほど情報が貯まり始めた。Confluenceの導入が始まったのは2006年前半だ。

 「(Wikiは)技術情報の共有はもちろん、社内に入ってきた人達がまず何をすればいいのかや、部署ごとの情報から雑談まで、すべてを共有するのに使われている」と阪田氏は言う。また、広報部の菊池玲恵氏も、「非技術系では、法務部、広報部など、会社全般の問題に取り組む必要がある部署や、そうしたノウハウの蓄積が重要な部署から導入が進んだように思える」と付け加える。

Yahooシステム統括部開発部の阪田浩隆氏と情報セキュリティ本部情報システム構築部の羽生純也氏

 PukiWikiを利用していた時代には、Wikiのサーバが乱立し、探している情報が見つけられないことも多かった。また、運用期間が長く、蓄積情報量が膨大になったことで、表示に時間がかかるページも増えてきた。そこでシステム統括部は、これを企業向けにWiki製品で置き換え、統合的に管理することになった。システム統括部で必要な条件を検討し、製品を探したところ、Confluenceが要件に最もマッチしていることがわかり、2006年1月に試験導入、6月から本格導入を始めたという。

 ヤフーがあげた導入条件の1つは、ACL(アクセス制御リスト)への対応だ。Confluenceは、標準ではないものの、ACLを実現する機能が用意されている。これを利用して、誰がどの情報を読み書きできるかACLで管理する。

 書き込んだ情報は、同じ組織内で共有することが基本設定になっているが、必要に応じて公開範囲を広げたり、狭めたりもできる。ACLによって、チーム内だけで温めたい企画や、これまで書きづらかった情報、決算に関する情報など、社内といえども共有できない情報がWikiで扱えるようになった。中には、書き込んだ本人しかアクセスできない非公開型のWikiを作り、個人用のメモ帳やスケジュール帳代わりに使っている人もいるという。

 第2の条件は、オープンソースであることだ。ヤフーの社内システムでは、シングルサインオンを実現するため特殊な認証システムを使っており、これを組み込む必要があったのだ。

 Confluenceは有料の企業向け製品でありながら、そのソースコードが公開されている。このため、企業ごとの細かなニーズに合わせた改良がしやすく、「使わせたくない機能を削ることもできた」と阪田氏は言う。

 統合的に管理することも導入目的の1つだが、システム統括部 企画部リーダーの石井勉氏は、「これまでのPukiWikiの情報をすべて取り込んでいるわけではない」と話す。「PukiWikiで書かれた情報すべてを移行するのが目的ではない。PukiWiki上の蓄積は膨大で、すべてを移すのは大変。とりあえず日々の業務で必要なものから順次Confluenceに移行する形をとっている」(石井氏)

非技術系社員の取り込み

 ここで問題になるのが、非技術系社員の取り込みだ。ヤフーでは、新人向けのガイドから業務に必須の情報まで、すでにあらゆる情報がWiki上にあるため、既に「使わざるを得ない」状況ができている。しかし、それでもすべての社員がいきなりWikiを使いこなせるわけではない。そこでシステム統括部では、Wikiシステムの利用を広めるために、社内キャラバンを組んで使い方を教えて回っている。

 「それでもわからない場合は、メッセンジャーでシステム統括部の人に直接質問することもある」と広報の菊池氏。石井氏は、こうしたメッセンジャーによる質問、つまり「どこがわからないのか」も重要な情報の一部だという。

 一方で石井氏は、Wikiそのものを通じて使い方を広めようという試みにも取り組んでいる。それは、Wiki上に作られた「みんなの広場」という練習ページだ。みんなの広場では、Wikiを使った文書の閲覧方法や編集方法、装飾の仕方などが紹介されており、その場で実際の操作を試すこともできる。業務に直接関わる書類をいきなり編集することはできないが、練習道場で使い方に慣れることができる。

 Confluenceのいくつかの特徴的な機能も、社内のWikiリテラシーの向上に貢献しているという。例えばConfluenceには、「MySpace」という自分専用のページがあるが、人によってはこのページを練習場所にして、子供の写真を貼ったり、個性を出した飾り付けをしたり、ブログ的なものをつくったりして、楽しみながら操作を覚えるケースが多いという。

 Confluenceのもう1つの魅力は、写真アルバムなど多彩なページ表現を可能にするマクロ機能や、新たな機能を追加するプラグインが使える点だ。これらを使って、カレンダーやTo Doリストなども簡単に作成できる(同様のことはPukiWikiでもできるが、定番の方法はない)。こうしたプラグインを使ってページを装飾していると、それを見た他の社員から「やり方を教えて欲しい」と言われてノウハウの伝授が行なわれる。

図2 Confluenceでは、プラグインやマクロを使って、さまざまな形の情報やデータを扱う標準的手段が確立されている

 充実したモジュールは、Wikiの応用範囲を広げ、親しみやすさを増幅するのにも貢献している。例えばみんなの広場では、投票用のプラグインを使って、人気の夕飯メニューなどのアンケートが行われていたかと思うと、同じモジュールが、冷房の温度調整のアンケートに使われたりするなどして、用途が広がっている。また、誰かが始めた個人のTo Doリストが、やがてチームを巻き込んだ「共用型のTo Doリスト」に発展することも多いという。

 このようにヤフーの社内では、日々の業務のあらゆるところにWikiが入り込んでおり、社員は業務の分野を問わず、Wikiを利用している。

 Enterprise Wiki導入の流れは日本だけのものではない。海外でも、北欧のNokia社で2006年10月までに5000人の従業員がWikiを利用するなど、次々と大型事例が出始めている。活用事例が広まれば広まるほど、導入障壁に関する知識も蓄積され、より導入のための改善が進むかもしれない。

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