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「暗黙知の形式知化」では追いつけない!--スピード感を重視したナレッジ活用が企業の明暗を分ける |
日本の労働生産性が上がらない。
公益財団法人日本生産性本部が2009年12月に発表した生産性研究レポート「労働生産性の国際比較2009年版」によると、2008年の日本の労働生産性(就業者1人当たり名目付加価値)は、6万8219ドル(795万円:購買力平価換算)で、OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国中20位、先進7カ国では最下位であることが明らかになった。
第1位のルクセンブルク(11万6627ドル、1359万円)、第2位のノルウェー(11万347ドル、1286万円)と比べると大きな開きがあり、3位となった米国の労働生産性を100とすると日本は69でしかない。しかも、1994年以降15年間連続でG7最下位の記録を更新中で、「効率の悪い働き方」をバブル崩壊以降もずっと続けているのである。
「ナレッジマネジメントを考える上でも、日本の生産性が低いことにもっと課題意識を持つべき」と警告を発するのは、リアルコムの取締役COOである吉田健一氏だ。
一昔前、ナレッジマネジメントのテーマは「暗黙知をいかに活用するか」であり、日本は度重なるチャレンジによってそれを克服しつつあるように見えたが、実際は日本的なものづくりに象徴されるような、手を抜けない個人技に依存した業務形態と、組織ごとに個別最適化されたITの乱立によって、世界的にもスピード感と効率性の欠如した仕事ぶりが露呈した形となってしまった。
OECD加盟諸国の労働生産性。2008年の日本の労働生産性は30カ国中第20位。G7最下位は連続15年間継続中(出典:公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2009年版」)「再びクラウドソーシング(Crowdsourcing)が注目を集めている。日本以外の国ではすでに社内外のナレッジを積極的に活用する体制を作っている」と吉田氏は指摘する。クラウドソーシングとは、主にインターネットを通じて不特定多数の人々にアウトソーシングを実施する業務委託形態のこと。
同氏は、ある世界的な企業のナレッジマネジメントを支援した例を紹介した。それが「パンパース」や「ファブリーズ」、「ヴィダルサスーン」などのブランドで知られる「プロクター・アンド・ギャンブル」(P&G)だ。
米国最大の家庭用消費財メーカーのひとつであるP&Gも、1990年代後半には業績悪化に苦しんでいた。増加する研究開発投資の一方で、成功率は3割程度に低迷。その原因は、社内研究組織のサイロ化による非効率な投資の増加にあった。
当時の「Personal&Beauty」「Fabric&Homecare」「Health&Wellness」の各事業部がタテ割りで、世界に展開する24カ所の研究所もサイロ化し、重複した開発テーマに取り組んでいた。2万5000人の研究員の英知が集結できないまま、それぞれに課題解決に取り組むといったムダが横行していた。
しかし、2000年に新たに就任したCEO、Alan Lafley氏の登場で状況は一変する。抜本的な改革に着手した同氏は、「コネクト&デベロップ」というオープンイノベーション活動に取り組み、社内外に存在する異なる領域の研究者や技術者を互いに結びつけることによって、斬新なアイデアの創発や問題の早期解決を目指した。
この一環として、専門領域を超えてすべての研究員の英知を結びつけるため、「実践コミュニティ」(communities of practice)のコンセプトを活用した。
実践コミュニティとは、あるテーマに関する知識や情報、熱意などを共有し、その分野のスキルやノウハウを組織の壁を越えた持続的な相互交流を通じて深めていく人の集団のことを指す。コンサルタントのEtienne Wenger氏が自著で提唱したことで知られるようになった概念である。
P&Gは、このコンセプトに基づいて、世界共通のR&Dポータル「Innovation Net」を構築。その上に化学、パッケージ、生命科学といった100以上のテーマの「実践コミュニティ」を誕生させたのである。こうした活動により、部門や国を超えた新たな取り組みが実現し、R&Dの成功率が6割へと向上。売上高研究開発比率4.8%が3.4%へと削減できたのである。
実践コミュニティの構築に貢献したツールは、米国のナレッジマネジメントソフトウェア専門企業であるAskMeの「AskMe Enterprise」(AskMe)である。AskMeは、2008年にリアルコムが子会社化している。
AskMeでは、「Expertise Location」(「専門性の所在を明らかにする」という意味)と呼ばれる手法によって、組織内に埋もれた専門家の所在を明らかにすることで、組織が持つナレッジを最大限に利用して生産性向上を支援する。P&G以外にも、プラット・アンド・ホイットニー、マイクロソフトなどの企業や、米国国防総省などでも活用されているという。
AskMeによるクラウドソーシングの成功例のひとつが、洗濯用洗剤として有名なブランド「アリエール」に発生した問題解決のケースだ。パッケージの色はブランドイメージを印象付ける重要な要素であるため、国ごとに定義されていた。にも関わらず、ブラジルの雑貨屋で陳列された製品のパッケージが、すぐに変色してしまうというトラブルが発生した。
そこでプロダクトマネージャーは、AskMeのQ&A機能を使い、問題解決に最適な社内専門家を探し出し、その解決法を求めた。すると、すぐにその分野に詳しい米国の社員から回答を得ることができ、さらに同様の問題が他のエリアでも発生していることが明らかになった。
原因は、不適切なインク製剤を用いた印刷方法にあった。そこで、適切なインク製剤を手配し、ブラジルで現地パッケージを再印刷することによって、この問題は解決されたという。AskMeによって実現したこのような環境がなければ、この種の問題解決には長い時間を要したはずだ。
また、社外のナレッジをリアルタイムに活用したエピソードもある。パーティシーズンに向け、P&Gはポテトチップス「プリングルス」の表面にスポーツや音楽などに関するクイズや豆知識を印刷することで需要喚起を狙った。だが、ポテトチップの1枚1枚に絵や文字を印刷する技術は難しく、当時の社内に存在しなかった。食用色素を基礎から開発するにも投資と時間が必要となる。
そこで同社は、コミュニティの枠を社外にまで広げ、研究者ネットワーク、知的資産取引サイト、技術仲介コンサルタントなど、世界中の数十万人に知見を求めた。その結果、イタリアの大学教授が経営する小さなパン屋が技術を持っていることが判明し、すぐさま食用色素や印刷技術を取得して製品に応用した。オープンな集合知型のイノベーションでリアルタイムなクラウドソーシングが実現した好例といえる。
このことから吉田氏は、「いかに潤沢な知見や知財が社内に眠っていようとも限界はある。内製にこだわって自ら壁を作り出すのではなく、社外の力を借りることを恥としない柔軟な発想で、スピーディに新たなものを作り出すことが日本企業にも求められているのではないか」と話す。
従来のナレッジマネジメントは社内に蓄積した知恵や過去の情報を流通させようとするものだったが、それだけではグローバル競争時代のスピードに追いつけない。外の知見もためらうことなく活用するフットワーク、それが次世代のナレッジマネジメントに必要な要件といえる。
P&Gはコミュニティの枠を社外にも拡げ、オープンな集合知型のイノベーションを目指した。結果、35%の製品が社外で開発され、株価は2倍、売上で10億ドル以上を稼ぎ出すブランドを22も抱える世界有数の企業になった。(出典:リアルコム、画像クリックで拡大表示)
吉田氏は「社外の知見をためらわず活用する」例のひとつとしてKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用を挙げる。
KPOとは、従来社内で抱えていたナレッジワークそのものを社外にアウトソーシングし、質の高い生産効率化を目指す取り組みのこと。そのKPOを担う国のひとつにインドがある。数値解析やデータマイニングなどの業務に強く、アメリカのビジネススクールを出てMBAやCPA(米国公認会計士)、LL.M.(Master of Laws)などの資格を取得している人材も多い。だが、人件費は先進国の専門企業に依頼する場合と比較して、時間当たりのコストが5分の1程度になるのも大きな強みだ。
例えば、米ウォールストリートの金融機関の大半はインドのKPOとともにグローバルでチームを作り、証券分析や金融シミュレーションなどに時差を活用した24時間体制で取り組む。製薬企業でもインドのR&D企業を活用する企業は数多い。また優秀なKPOを活用するにあたって、依頼主の企業のナレッジワーカーにも高いレベルの業務が求められるため、互いに切磋琢磨する効果もあるという。
「インドの潜在力を認めながらも、多くの日本企業は言語の壁を理由にKPOを見送ってきた。その間に、欧米企業はインド企業と密接な結びついて大きな成果を上げている」と吉田氏は危機感を滲ませる。また、日本人は器用であるがゆえに何かと自社で抱え込んでしまい、その結果必要以上の品質を作りたがるが、それは本当に付加価値業務となっているのか疑問だという。
しかし吉田氏は、「KPO活用は難しい」とも指摘する。単純にアウトソーシングを推し進めると、余剰人員のリストラにつながりかねず、アウトソースした後の業務の空洞化をどのように埋めて高い価値に変えるかの議論も必要となる。
「外に出せないクリエイティブな部分は残し、そうではない部分は潔く切り分ける、バランスを考えたナレッジ活用が求められる」(吉田氏)
そんな問題意識を持ち続けてきたリアルコムは、2008年11月から独自のKPOサービスを開始した。その内容は3つに分けられる。
1つは、「ナレッジマネージャKPO」だ。情報発信ルールに基づいたリアルタイムな情報流通モニタリングアセスメントや、情報ライフサイクル管理のプロセスに従った情報資産棚卸、社内の情報発信サイトやメールマガジン作成・更新を代行するライブラリアン派遣など、ナレッジマネジメント事務局の業務を引き受ける。
2つ目は、「社内ヘルプデスクKPO」。社内の専門業務の問い合わせ受付、回答業務の代行、蓄積された問い合わせ履歴のFAQ化、現場のニーズからの業務改善提案などを行う。
そして3つ目は、「ドキュメンテーションKPO」である。分かりにくい業務マニュアルの編集や提案書・成果物の作成代行、サニタイズ(顧客名の消去)、現場の知識をヒアリングにより吸い上げ体系化するといったメニューだ。
ただし、単に業務代行をするのではなく、顧客のレベルアップのために専門家によるトレーニングをはじめ、ドキュメントガイドラインやテンプレートの作成も並行して行っている。それを実践することで、ナレッジマネジメントのスピードアップ、スパイラルアップが可能になるという。
「KPOの目的は面倒な業務の安価な外部委託ではなく、現状の業務を定型化し切り出せるようにすること。そうすれば、仮にKPOを中止してもナレッジが社内に残り、知識の空洞化が起こらない」(吉田氏)
そして、今後リアルコムは、ITのクラウド(cloud)と人のナレッジのクラウド(crowd)がセットで提供されることの効果を期待して、さらにサービスを発展させていく考えを持っている。
例えば、データ分析業務をSaaSとセットで提供することで、オンラインでExcelデータを送信すると翌朝には分析レポートとして戻ってくるといったサービスや、Microsoft Exchangeと連動しアポイントのスケジュール調整をリアルタイムで行ってくれるオンライン秘書のようなサービスなどのアイデアがあるという。
このようなナレッジ活用は、とかくタテ割り組織で保守的な日本企業にとって大きなチャレンジとなるかもしれない。2010年からの新たな10年を歩むにあたり、リアルタイムなナレッジマネジメントを活用して、品質を保ちつつ、業務のスピードアップと選択、集中を図る企業が増えれば、日本も再び「高い品質と生産性」を兼ね備えた国として脚光を浴びることができるかもしれない。
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