松下の戦略に隠されたソフトウェア産業の問題
今回の争いから見えてくることは何だろう。デジタル著作権や知的財産権などに詳しい弁護士の小倉秀夫氏は、第一報を聞いて「松下の意図がよくわからない」と首をかしげた。
今回松下は、ジャストシステム製品の販売の差し止めを求めたが、損害賠償を請求しなかった。小倉氏は「一般的に販売の差し止めを求める場合は、競合する製品を持っているためにその排除を狙うか、もしくは差し止めを確定させた上で交渉によりライセンス料金が跳ね上がることを狙うかのどちらかが多い」と言う。
前者では、松下には一太郎や花子と完全に競合する製品はない。その逆に、先述の通り子会社を通じて一太郎関連製品を手がけているほどだ。また、後者の場合はよく小規模企業にある話で、大企業である松下がライセンス料収入を当て込んでいるとは思えない。ましてや、ジャストシステムが問題とされていく仕組みを取り除いた一太郎や花子をリリースする可能性だってある。なぜならば、問題となっている仕組みは両製品にとって不可欠な仕組みではないからだ。
松下の思惑がどこにあるかは別にして、小倉氏は「日本のソフトウェア開発の現場では、おそらく製品リリースのスケジュールを守ることに集中するあまり、不具合がないかどうかなど技術的な面に専念していることだろう。今回の争いは、そうした開発力もさることながら、今後の日本のソフトウェア産業において、自社製品が他社製品の特許に抵触していないかを十分に確認しなければいけないという警鐘を与えた意味としては大きい」と捉えている。
たしかに松下の意図やメリットは、見いだすのが難しい。この点を松下に取材したところ、次のように説明した。
「たしかに直接収益的なメリットはないかもしれない。しかし、我々は『知財立社』を目指しており、今回の件もその戦略の一環だ」
知財立社については、2005年1月11日に松下の社長である中村邦夫氏が発表した「2005年度経営方針」で説明されている。成長戦略を加速させるために「他社と明確に差別化された強い製品のみが顧客から支持される時代。いくつものブラックボックス技術をもつ技術立社と知財立社を実現していく」と言う。
ブラックボックス技術とは、(1)商品を分解すればわかるが、特許などの知的財産権で守られている、(2)材料・プロセス・ノウハウなどが囲い込まれ、商品を分解しても作り方がわからない、(3)生産方式や形態・仕組み、管理技術などものづくりのプロセスが囲い込まれている、といった理由で他社が追随できない技術やノウハウのことを指しており、「こうしたブラックボックスを数多く持つことが松下の強み」と主張している。
つまり、松下としては成長戦略を加速させて競争力を向上させる源泉が「技術と知的財産」と考えており、これをないがしろにされては今後の成長は見込めないというわけだ。
こうした動きの一方で、海外でも年初からソフトウェアの特許に関する大きなニュースが相次いでいる。米IBMは2005年1月11日に、同社が保有するソフトの特許のうち、500件の特許をオープンソースソフトウェアの開発者に無償で利用できるようにすると発表した。これに続き、1月25日には米サン・マイクロシステムズが、Solaris 10のオープンソース版「Open Solalis」を発表するとともに、その関連特許1670件をオープンソースコミュニティに開放することを発表している。