成功の秘訣はスマートさ、タイミング、図太さ

文:Jon Oltsik 翻訳校正:坂和敏(編集部)

2006-04-18 14:09

 その昔、コンピュータがビジネスに利用され始めた頃には、プログラミングは、0と1がハードウェアに直接話しかけるマシンレベルで行われていた。

 つまり、まったく同じコンピュータは2台となく、コンピュータをビジネスに利用できるのは特別な人たちだけであり、その数は非常に限られていた。

 IBMは、システムの柔軟性とカスタマイズ性が、コンピュータ市場全体における規模拡大に関して実際に足かせとなっているという結論に達した。そこで同社は1960年代前半に、野心的で極めてリスクの高いあるプロジェクトを開始した。この中では、限られたプログラミングの選択肢の数を減らし、それを汎用的な演算形式をサポートする1つの標準プログラムにまとめるという取り組みが行われた。

 その結果誕生したのが1964年に発表された「System/360」である。IBMがこの賭けに勝った報酬を今でも受け取り続けていることは、言うまでもない。System/360は、いまでもIBMに毎年膨大な額の売上をもたらしている現代のメインフレームの高祖父的な存在である。また、同システムによってオペレーティングシステムとソフトウェア開発における近代的な時代が幕を開けた。

 この歴史上のサクセスストーリーを、セキュリティ市場における比較的新しい現象に例えてみたい。こういった市場では、数多くの高機能セキュリティツールが改善され、汎用的な機能のみが提供されるようになってきている。このような新製品の多くは、System/360と同様、先進のセキュリティツールを普及させる上で必要となるものだ。

 製品の例をいくつか挙げることで、この点を説明したい。

 RSAはエンタープライズ市場において大きな成功を収めているものの、同社の製品はこれまでずっと規模の小さな企業にとっては高機能すぎると見なされてきた。そこでRSAは2005年に、「RSA SecurID Appliance」という、広く普及したMicrosoftの「Active Directory」インフラにプラグイン可能な、ハードウェアとソフトウェアを一体化したソリューションを発表した。RSAによれば、この製品は発売から間もないが、すでに飛ぶように売れているという。

 IBMは過去の戦略に立ち返り、2006年3月に「Tivoli Identity Manager Express」製品を発表した。同製品の目指すところはSystem/360と同じだ。いくつかの複雑な機能を取り去り、関連するパーツ(例えばウェブアプリケーションサーバ、データベースなど)を一体化して1つの製品とした上で、インストールおよび運用を極限まで簡素化したのだ。IBMのパートナー企業は、実績のある製品によって市場を大きく拡大できる可能性があるとして同製品を歓迎している。

 こういった製品を、誰でも使えるように機能を削減したものでしかないと表現する人もいるが、私は80対20の法則に則ったものと表現する方が適していると考えている。Microsoft Wordについて考えてみてほしい。われわれは皆、このソフトウェアを使っているが、そのうちのいったい何人がデスクトップパブリッシング用の高度な機能を必要としているのだろうか。

 これまでの数々の研究で明らかになっているように、われわれの80%は、提供されている機能の20%しか使っていない。高機能製品に80対20の製品モデルを適用することで、大衆がそれを容易に利用できるようになる。では、エンタープライズアプリケーションのベンダー各社はなぜ企業専用の付加機能を製品から削ぎ落とさないのだろうか。

 ベンチャーキャピタルに後押しされた新興企業は、100万ドル単位の契約を競い、投資家に利益を還元するために、エンタープライズ市場に注力する傾向がある。しかし、そういった企業が自分たちの行っていることを理解する頃には、新規顧客を探しながら、一方では既存顧客をサポートできるよう、企業向けの新たな機能を追加するという困難に立ち向かう羽目に陥っていることが頻繁にある。言い換えれば、彼らは複雑な製品でビジネスを始め、その後その製品をさらに複雑にしていくということだ。

 また、エンタープライズ市場に注力するベンダーは、高給取りの営業とエンジニアリングに投資する傾向がある。このやり方は、高価なソフトウェアでは正しいが、80対20の法則に則った製品には適切な流通モデルが必要だ。(高給取りの営業とエンジニアリングの)双方への投資を継続することは難しい。

 最後に、もしもあなたが持てる時間のすべてを金持ち連中と過ごしているのであれば、一般的な人々のニーズを知るのは大変なことであるはずだ。設計の前提を誤れば、数多くのハイテク製品が失敗に終わる。

 IBMとRSA Securityは、この変わり身の早い戦略を成功させるだけの規模とリソースを持ち合わせているが、これは確かに大変難しいことだ。業界の他の企業は彼らに追随するのか。現時点ではこの疑問に答えるのは難しい。多くの技術ベンダーは優秀なプログラマーを抱え、適切なビジネスモデルを持っているが、そういったことに成功するために必要なスマートさ、タイミング、図太さを備えた企業はほとんどない。

筆者略歴
Jon Oltsik
Enterprise Strategy Groupのシニアアナリスト

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