しかし、そうした状況は大きく変わりつつある。まず、ユーザーの利用環境が変化し、Windows XPやMac OS Xなどのマルチタスクに対応したOS上で複数のスレッドを同時に走らせることが増えてきた。例えば、TVチューナーを利用してテレビ番組を録画しながらDVDプレイヤーでDVDを再生したり、ウィルススキャンソフトウェアを実行しながら表計算ソフトで表を作ったりということが当たり前になってきた。このため、CPUに対して同時に複数のスレッドを実行させるニーズが高まってきたのだ。
また、もう1つの技術的な背景として、クロック周波数を高めてシングルスレッドの処理性能を上げていくというアプローチが限界を迎えてきたこともあげられる。CPUのクロック周波数を高めていった結果、消費電力が上がり、それに伴って発生する「熱」を処理することが不可能になってきたのだ。このため、今後よりCPUの処理能力を上げるアプローチとして、マルチコアがクローズアップされるようになってきたのだ。
そして、前述のプロセスルールが進化し、現在主流になりつつある90nmプロセスルールや、2006年から移行が始まっている65nmプロセスルールという製造方式を利用することで、2つのコアを1つのCPUに納めることが可能になりつつある。このため、ユーザーに安価にデュアルコアを提供することが可能になってきたのだ。
PCだけでなくゲームやデジタル家電にも採用されていくマルチコア
現在PC向けのCPUを製造しているベンダーとしては、AMD、Intel、Transmeta、VIA Technologiesの4社があるが、市場シェアのほとんどは主にAMDとIntelで占められている。
AMD、Intel共に2005年の第2四半期から、2つのコアを内蔵したデュアルコアCPUを出荷開始している。AMDは「Athlon 64 FX」、「Athlon 64 X2」、ノートブックPC用の「Turion 64 X2」を出荷済みで、Intelは「Pentium XE」、「Pentium D」、ノートブックPC用の「Core Duo」を出荷済みだ。さらにIntelは、新アーキテクチャを採用したデスクトップPC用のデュアルコアCPU(開発コード名:Conroe)と、同じくノートブックPC用のデュアルコアCPU(開発コード名:Merom)を7月27日に発表する予定で、今後さらにデュアルコアCPUが増える見通しだ。
また、2007年にはAMD、Intelの両社ともに4つのコアを持つクアッドコアCPUを投入する予定になっているほか、その先にはさらに8つやそれ以上にコア数を増やしたメニーコアCPUと呼ばれるマルチコアCPUを投入する見込みだ。
こうしたマルチコアCPUは、今後PC向けだけでなく、性能を必要とされるゲームコンソールなどにも採用される見通しだ。実際、すでに昨年の冬にマイクロソフトが市場に投入した「Xbox 360」では、IBMが製造したPowerPCベースのトリプルコアCPUが採用されている。Xbox 360では、バックグランドで動いているOSがゲーム用の音楽を再生したり、ネットワーク対戦時のネットワーク転送などを担当しているため、処理はマルチタスクで行われている。ゲーム開発者は従来よりも手軽にこれらの機能を実装できるようになっているのだが、CPUに対する負荷は高くなっている。このため、マルチスレッドを高性能で処理できるマルチコアが必要とされ、トリプルコアCPUが採用されたのだ。
マルチコアCPUが採用されるゲームコンソールはXbox 360だけではない。ソニーが2006年末にリリースを予定している「PlayStation3」では、ソニーが開発した「Cell」と呼ばれるマルチコアCPUが採用される。Cellは実に8つのコアを持つマルチコアCPUで、Xbox 360と同じように、それぞれのCPUコアが音楽を処理したりネットワークを処理したりと、複数の処理を同時にこなすことが可能になっている。
Cellはソニー、東芝、IBMの3社が協同で開発しており、今後はPlayStation3以外の機器にも採用される見通しもある。採用が見込まれている分野としては、成長著しいデジタル家電の分野だ。例えば、現在DVD/HDDレコーダでは、HDD容量が限られているため、将来的にはデジタル放送の録画番組をもともとのデータであるMPEG2からMPEG4 AVCなどのより圧縮率の高いデータ形式に変換して録画するなどの機能を実装したいという意向を持つ家電メーカーは少なくない。そうした時に必要になるのはCPUの処理能力だが、CellのようなメニーコアCPUであればそうしたニーズに応えることができるので、このような製品のCPUとしてもCellは大きな注目を集めている。