万川集海 第6回:箱のなかの欠けた茶碗--データの中身の正しさに関するお話 - (page 2)

石本健志(日本IBM)

2007-02-22 08:00

 あなたが名家の主に雇われた探偵だとしたら、どのように推理するだろう。最初に疑われるのはお傍衆であろうか。蔵から持ち帰り、殿に献上する途中で箱ごと落としたのかもしれない。あるいは箱を蔵まで運ぶときに落としてしまい、欠けた状態でずっと蔵に保存されていた可能性もある。そして推理小説の最後に探偵が関係者を全員集めて真犯人を名指すときに、意外な真相が明らかになる。

茶碗

---探偵は語る。「先代にお仕えし、今は隠居なされておられるご家来衆に話を聞いたところ、この茶碗は、茶道の先人が欠けたさまを愛でていた名品で、最後に蔵へ収めたのは亡くなった先代ご自身である。当時を知らない皆さんは、欠けているのが正常であることに気づかなかったのだ」と。

 箱の中の品物の本来の姿は、実は品物の所有者である主しか判らないものである。かといって、品物が蔵に運ばれる毎に、主が蔵まで出向いて状態を確認することもできない。そこで主は思いつく。「そうだ、箱の外側に荷札をつけて中身が何であるかを書いておけばよい。余から執事へ、執事から家来へ、家来から倉庫番へと順に手渡し、最後に倉庫番が荷札と箱の中身を照らし合わせればきちんと届けられたか判るだろう」……

 話の中で主が思いついたことは、荷札に書かれた情報(例えば、形や色、大きさ、状態など)を使って、倉庫番が主の代わりに中身を確認することだ。これならば品物と荷札の不整合に気づいた場合、直ちに主に報告することもできる。現実の世界では、途中で破損してしまったことに気づいても、残念ながら壊れたものは元には戻らないのでおしまいだ。壊れたときに魔法の呪文をかけて元の状態に戻すことができればよいが、それはおとぎ話の世界である。

 しかし現実の世界では無理なことでも、実はITシステムの世界であればそんな便利な魔法が存在する。ITシステムでは、持ち主(サーバ)が品物(データ)を蔵(ストレージ)に収めたからといって、サーバからデータがすぐになくなるわけではない。オリジナルのデータを手元に残し、確実に蔵へ収容されたとの連絡を受けてから手元のデータを消しているのだ。何か問題が発生した時は、再びデータを転送すれば良いのである。

荷札を超えたメタデータ

 さて、この荷札、昨今ではメタデータと呼ばれており、その役割は信頼性のためだけに留まっていない。例えば、茶碗の作者や年代、絵柄、あるいは過去の茶会で使われたとか、こういう季節に合う茶碗であるなどといった情報を入れることで、多くの品物からより望ましい逸品を選ぶことさえできるようになる。これもメタデータの恩恵の1つだ。

 かくして蔵のなかには倉庫番だけではなく、品物の状態をチェックしたり、目録を作成したり、並べ替えたりする役目の人が増えてきた。もはや蔵(ストレージ)は単なる保管場所ではなくなり、品物を代々安心して受け継ぎ、そして所蔵物を有効に活用するための施設になってきているのである。

箱のなかの欠けた茶碗 - 石本 健志
第6回筆者紹介箱のなかの欠けた茶碗

石本 健志 (いしもと たけし)
日本IBM 大和システム開発研究所 先進システムズ開発
Advisory R&Dエンジニア テクニカル・エキスパート
職務:ディスクサブシステム ファームウェア開発チームリード
一言:手のひらにのる小型のものからラックマウントの大型製品まで、幅広くハードウェア製品の設計・開発に携わってまいりました。ストレージ製品への取り組みは近年になってからですが、現在はコラムのお題の「データの中身の正しさ」に関する研究を行っています。市場に出荷された製品も、プロトタイプ完成後に残念ながら中止されたプロジェクトも、いずれも生みの苦しみを経ており、まるで子供を見守る親のような思いです。「子供たち」が社会の仕組みを支える一員として貢献することを願って、製品について少しでも理解が深まればと今回ペンをとることにしました。

ZDNET Japan 記事を毎朝メールでまとめ読み(登録無料)

ホワイトペーパー

新着

ランキング

  1. セキュリティ

    「デジタル・フォレンジック」から始まるセキュリティ災禍論--活用したいIT業界の防災マニュアル

  2. 運用管理

    「無線LANがつながらない」という問い合わせにAIで対応、トラブル解決の切り札とは

  3. 運用管理

    Oracle DatabaseのAzure移行時におけるポイント、移行前に確認しておきたい障害対策

  4. 運用管理

    Google Chrome ブラウザ がセキュリティを強化、ゼロトラスト移行で高まるブラウザの重要性

  5. ビジネスアプリケーション

    技術進化でさらに発展するデータサイエンス/アナリティクス、最新の6大トレンドを解説

ZDNET Japan クイックポール

注目している大規模言語モデル(LLM)を教えてください

NEWSLETTERS

エンタープライズ・コンピューティングの最前線を配信

ZDNET Japanは、CIOとITマネージャーを対象に、ビジネス課題の解決とITを活用した新たな価値創造を支援します。
ITビジネス全般については、CNET Japanをご覧ください。

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]