この時点でちゃんとした抗うつ治療を行わなかったことを悔やむ中井さんだが、「当時は軽い安定剤を飲みながら業務を続けた」と中井さん。仕事内容は社内システム関連の雑用が中心だ。最先端の現場で技術者としてばりばり働きたいと考えていた中井さんは、部署の異動を希望したが、それも叶うことはなかった。
仕事に満足感を得られないまま、うつ状態で業務を続けていた中井さんは2004年11月、仕事以外でも大きな心のダメージを受ける。地元の新潟県で中越地震が発生したのだ。親族の被災などもあり、極度の不眠に陥った中井さんは、会社のカウンセラーと面談、即日休職が決定する。心療内科では重度のうつ病と診断され、抗うつ剤で薬漬けの日々を送ることになる。
投薬治療で1年8カ月の休職期間が過ぎ、2006年7月中井さんは仕事に復帰する。新たな部署に配属され、まずは短時間勤務から開始、数カ月後には残業なしのフルタイム勤務へと移行する。しかし、同時に急性胃腸炎になり、中井さんはほぼ1カ月間仕事ができない状況となった。結果、その部署でも事実上居場所がないと言い渡された中井さんは、以前に取得していた資格を必要とするシステムインテグレーターに常駐勤務することとなる。
「上司にはこれがラストチャンスだと言われ、常駐先にもメンタル面に問題があることは伝えられないままだった」と中井さん。プレッシャーと戦いつつ、がんばってみたものの、中井さんの体調は急性胃腸炎以来すぐれず、精神的な不安定さも手伝って、2007年2月にカウンセラーと相談の上、退職という道を選ぶこととなった。
決して人ごとではない
ここに登場した3名は、みな高い志を持ってIT業界に飛び込んだ熱心な技術者で、心に病を抱えていなければ今でも日々熱心に仕事に打ち込んでいたに違いない。しかし、対人関係がきっかけでメンタルな問題に発展してしまう人もいれば、仕事内容や体調、その他の要因が組み合わさってうつ病となる人もいる。
「仕事がきつかった」「長時間勤務が耐えられなかった」というのが3Kと呼ばれるIT業界でうつに陥る典型的な理由なのではないかと、漠然と考えていた筆者にとって、この3人との出会いは衝撃的だった。少なくともこの3人は、仕事の厳しさや長時間勤務が原因で発病したわけではないからだ。「もちろんそうした理由でうつに陥った仲間も多く見てきた」と、比較的社会人経験の長い中井さんは述べているが、今回話しを聞いた3人はむしろ、皆勉強熱心で、IT業界での仕事も技術者でいることも自分の意志で選択し、今後もそうありたいと願っている。最新技術に興味を持っており、できれば最先端の現場で働きたいと考えているのだ。
何がきっかけとなって発病するかは人それぞれだ。自分でも原因がわからないままの人もいる。しかし、こうした心の病は人ごとではない。前向きに仕事に打ち込む人でさえ、ふとしたきっかけで病に陥ってしまうこともある。次回は、心の病に対する専門家の意見を紹介する。