マイクロソフトをデファクトから卒業させた「情報社会」 - (page 2)

公文俊平 2008年01月29日 08時00分

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 商品の規格については、これまでは、市場での競争によって生まれた「デファクト」、あるいは政府(ないし国際機関)の決定と強制による「デジューレ」の標準化方式が広く受け入れられてきた。特に情報通信産業では、後者が優位にあった。しかし、これまでの経過をみるかぎり、どちらにも不備があると考えざるを得ない。デファクトによる標準化は、独占力の形成と行使によってゆがめられる恐れがあり、デジューレによる標準化も、一部の勢力の結託によってゆがめられる恐れがあるからである。

 情報化が進むにつれて、グローバルな商取引の基本パラダイムは、知的財産の保護と利用から、その広範な共有へと変化する。先見性に富む企業は、いまや「企業秘密」や「プロプライエタリソフトウェア」の時代は終わったことを自覚して、自社の技術とアイデアができるだけ多くのユーザーに受け入れられ、事実上のグローバルスタンダードとなるための新しい仕組みを模索する。グローバルな標準の策定においても、あれかこれかの二分法ではなく、デファクトの規格を開示することでデジュール化し、標準形成過程にいずれの関与者からも共感を得られるものに昇華させるような、メタ標準化の道が開かれると予想する。

 これまでは情報産業におけるプロプライエタリビジネスの代表と目されてきたMicrosoftが最近行った企業戦略の変更は、このような考え方の典型例のひとつとして注目に値する。かつては自らの知的財産や寡占的OSの保護と防御に汲々としていた同社は、今ではオープンソースコミュニティと連携して、自らの製品ラインを開かれた世界標準の一環へと移行しようとしている。積極的な研究計画を継続する一方で、もはや単独での開発や自社所有の知的財産の独占的な利用は不可能になったとの認識から、自らの技術をライセンス供与するという柔軟路線を精力的に推進するようになった。現に日本企業に対しても、2005年以来、東芝、NEC、セイコーエプソン、富士ゼロックスと立て続けにクロスライセンス契約を締結してきている。

 Microsoftが、ITの国際標準化団体であるECMA(欧州コンピュータ製造工業会)に対して、「Microsoft Office」で採用したOpen XMLフォーマットを標準規格化するように提案したのはすでに2年以上も前のことになる。ECMAは、その後18カ月かけてOpenXMLを評価し、この標準規格を承認会議に提出、東芝、ソニー、NEC、富士通などの日本企業を含むメンバーからの圧倒的な支持を得た。各国の技術委員会は現在、このECMA標準規格を国際標準規格のISO/EICが承認するよう申請しており、短期間のうちに票決される予定である。

 標準化は望ましい手法だが、それ自体を目的とすべきものではない。あまりにも厳格なプロセスは、イノベーションを促進するどころか、異なる技術間の競争を阻害する恐れすらある。柔軟性にこそ重要な価値があるといえよう。産業社会と同様、新しい情報社会にも基本的なルールが必要だが、情報社会のそれは、通識の共有を円滑化するためのルールでなくてはならない。実は、ISOが承認したフォーマット規格としてはODF(OpenDocument Format)という標準がすでに存在し、新たな標準の追加は不要という意見もある。しかし、複数のフォーマットの並存は、消費者の選択の幅を広げ進化の促進につながる。世界の潮流は、画一性(uniformity)ではなく普遍性(universality)に向かっている。

 IBMも特許を公開しているほか、Googleも自社技術を開発者に向けて積極的に公開している。いずれも、オープンイノベーションへの流れに沿った動きである。もちろん、これらの動きの裏には、したたかな企業戦略が隠されていると見ることもできる。しかし、たとえ自社のビジネスの環境作りという企業戦略があるとしても、それはわれわれが予見する情報化社会到来のすう勢に矛盾するものではない。むしろ、「智のゲーム」の普及を促進する上で歓迎すべき重要な動きととらえたい。

※ 付記:筆者が理事長を務めている財団法人ハイパーネットワーク社会研究所は、過去数年にわたってMicrosoftの「UPプログラム」に参加してきた。その過程で、同社の企業戦略の変更について詳しい情報を入手するとともに、同社を代表する何人かの方々と立ち入った議論を交わす機会をしばしばもつことができた。本稿には、Microsoftとのそのような交流を通じてえられた知見も、多く盛り込まれている。

公文氏
筆者紹介: 公文俊平

1935年高知県生まれ。1957年東京大学経済学部卒、同大学院を経て、1968年米国インディアナ大学経済学部大学院にてPh.D.取得。東京大学教養学部教授を経て、1993年〜2004年国際大学グローバル・コミュニケーション・センター所長を務める。2004年4月より多摩大学教授・多摩大学情報社会学研究所所長就任。現在に至る。他に、ハイパーネットワーク社会研究所理事長、情報社会学会会長、日本未来学会会長、CANフォーラム名誉会長、神戸情報大学院大学講師を兼任。経済企画庁の経済審議会委員をはじめ政府の情報化関連の委員を多数歴任。主な著書として、『情報文明論』(1994年、NTT出版)、『情報社会学序説』(2004年、NTT出版)など。

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