ウェブメディア6人の編集長がIT業界の将来を議論 - (page 2)

日川佳三

2008-10-08 19:53

クラウドの実体を見抜き、上手に利用せよ

林氏:

 クラウドについて、我々メディアとのかかわりを含めて、どう考えますか。

大野晋一(ZDNet Japan編集長):

 今回のテーマとしていただいた、クラウド、携帯、仮想化、ブログ、SNSは、どれも3つの特徴を備えています。1つは「プレーヤの複雑化」です。誰がそこに参加するのかということが、多様化しています。もう1つは「バリューチェーンの複雑化」です。誰が誰にバリューを与えて誰がどういう形でリターンを返すのか、という関係が1対1ではなくなってきています。最後の1つは「データの膨大化」です。

 つまり、クラウド時代に競争力を持てるプレーヤは、クラウドにおける自社の役割をきっちりと定義できる者であり、自社の規模やカバレッジに合ったバリュー・チェーンを最適化して持てる者であり、膨大に蓄積されたデータを生かせる者、ということです。これらを満たした会社が、競争力を持つようになると思います。

 我々ネット・メディアの立場で考えると、プレーヤの複雑化はネット・メディアという、広告収入に依存したメディアが登場した時点で、すでに起こっています。バリュー・チェーンという意味でも同じです。読者から直接対価をいただくのではなく、読者がベンダーに対価を与え、ベンダーが我々に対価を与えています。そして、この対価の与え方も多様化しています。

 我々メディアにすでに起こっていながら、大きな課題になっているのは「データの膨大化」です。クラウドを膨大なデータを生かすための場として利用できれば、今よりも高い価値を提供し、大きな利益を生み出すことができるかも知れません。CNETやZDNetの立場でいうと、せっかく何万本ものコンテンツがあるのに、そのうちの一部しか価値提供や収益に結び付いていません。この状況が、クラウドの中にコンテンツを放り込むことによって変えられるかもしれないと考えています。Amazon.comをはじめとするクラウドの提供者は、膨大な商品リストをロング・テールで生かす技術を持っています。我々が、それを使うのです。

別井貴志(CNET Japan編集長):

 エンタープライズの世界に、米Googleとか、今までとは異なるプレーヤが出てくることは、色々な意味で良いことだと思います。

 ただし、「クラウド」と言った瞬間に、定義があいまいになります。私の中で「クラウドはバズワードである」と認識している部分があるのです。サーバー・ベンダーのシステム商材が売れなくなっているので、あの手この手と品を変えて作り上げた世界がクラウドであり、システムを売るためのキーワードとして利用しようという戦略が、半分くらいは入っている言葉だと思います。

 「これこそがクラウド・コンピューティングの姿だ」という上手な例が、まだ無いですね。過渡期ということなのでしょうが、ゴールについて様々な人が様々なことを言い始めているものの、各々の企業が各々の戦略について語っているだけです。このため、定義があいまいになっていると思います。クラウドという言葉自体も、変わっていくかも知れませんね。

林氏:

 2年後にクラウド・コンピューティングっていう言葉はなくなっているんでしょうか。

三輪氏:

 2年ほど前まではバズワードだと言われていたSaaS(Software as a Service)の場合は、Salesforceという具体的なアプリケーションによって認知され、言葉も定着した感がありますね。クラウドも残る気がします。

SLAに対するコスト次第ではアウトソーシングも現実解

冨田秀継(builder編集長):

 クラウド事業を始めるSIerが登場する、という話がありました。この場合、事業でやるとしたら、サービスの対象は中小規模になると思います。そうすると、間違いなく低価格化の波が来ます。このとき、SIerとしてどれだけ低価格化に耐えられるのか、どれだけSLAを確保できるのかが勝負になります。この結果、世界で5社しか生き残っていない、という展開になるのは寂しいですね。

 米Gartnerの方が「2012年までに20%の企業はメール・サーバーの運営を外部企業に委託するようになる」と言っていました(関連記事)。しかし、こうした外部委託の流れはコンプライアンス(法令順守)の流れに逆行している、という見方もできます。仮想化の流れもそうですが、どこかで一度は「より戻し」というか、「自社のものは自社のものとしてきっちりまとめましょう」という動きが出てきてもおかしくないと思います。

浅井氏:

 エンタープライズ領域を取材していると、大企業でもできることならシステムを所有しない方向に向かっています。にもかかわらず、まずは中小企業からSaaS型の外部委託が進む背景には、大企業が求めるリクワイアメント(要求)に対して、まだ応えられるレベルにはない、という状況があると思います。例えば、クラウド上で独SAPのアプリケーションを動かした場合、インハウス(社内保有)で動かす場合と比べてサービス・レベルがどうしても低くなってしまうのではないでしょうか。

 独SAPのCEO(最高経営責任者)であるHenning Kagermann氏も、同社のアプリケーションをクラウド上で動作できる「クラウド・レディ」にする作業を進めている、と言っています。その一方で、すでに一部のアプリケーションでは、例えば「SAP CRM On-Demand」というSaaSを提供しています。なぜ大企業向けの基幹アプリケーションをSaaSで提供しないのかというと、大企業が求めるSLAを実現するには、SAPサイドで相当な投資が必要になり、これを顧客に転嫁すると非常に高額になってしまうからです。

 将来は有力なクラウド・プレーヤが現れ、費用と効果がうまくバランスしていく気がします。2〜3年後で考えると、クラウドがバズワードとして消えるというよりは、もう少しじわじわと時間をかけつつ、生き残っている気がします。おそらくユーザー企業にも、「IT Doesn't Matter」(注:Nicholas G. Carrが書いた著名な論文のタイトル)ではありませんが、「サービスとして調達すればいい」という考えがじわじわと来ている気がします。

林氏:

 持つリスクと持たないリスクについては、どうでしょうか。

浅井氏:

 アイティメディアの例を挙げると、すでにメール・システムがSaaSになっています。我々の仕事の形態からすると、パソコン上にメール・データがあるのは不適切なので、SaaSを利用することでクリアしています。

 「持つ/持たない」という問題は、「構築する/利用する」の選択です。インハウスでやると、どうしても構築が必要になります。そこで新しい価値観として、賢く使うことが勝ちで、「コードを書いてしまったら負け」みたいに、だんだんとそうした時代に入っていくような気がします。

三木氏:

 クラウド・コンピューティングを1つの産業と考えると、マージンが小さくなるんじゃないかとか、色々な話があると思います。一方で、ITの消費スタイルが変わるというように考えれば、たぶん多くの人たちがクラウド的にITの機能をサービスとして提供していく方向に移行していくんじゃないかと思います。

 先ほど、企業の情報システム部門の話をしたのは、まさしくITの消費スタイルの変化ということなのです。情報システム部門は、必ずしも産業という形には属さないかも知れませんが、ユーザー部門を顧客と考えればサービス提供者です。こうした形態に移行せざるを得ない企業も増えていくんじゃないかと思います。

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