プロジェクト開始でも受注額が未定--工事進行基準適用後は混乱の原因に(後編)

木村忠昭(アドライト) 2009年03月06日 08時00分

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前編はこちらです

開始時点で正式な契約書が締結できない?

 ここで問題となるのが、開発プロジェクトのスタート時点で正式な契約書が締結できないケースだ。特にソフトウェア業界では、開発のスタート段階では詳細の取引内容までは確定していないことも多々あり、また取引慣行上も正式な書類のやり取りなしで開発がスタートすることも少なくないだろう。このような場合、工事進行基準を適用するためには、どのような対応が必要になるのだろうか。

 原則として正式な契約書をプロジェクト開始時点で締結しなければならないのはもちろんだが、このようなケースへの現実的な対応としては、大きくふたつ考えられる。

図 図:プロセスとフェーズの分類

プロセスごとに契約を分割

 大型開発プロジェクトのように、開始段階はプロジェクトの使用詳細が定まらないため契約が締結できないような場合の対応方法として、プロジェクトを“フェーズ”ごとに区分し、それらを別契約として、工事進行基準の適用を考えていく方法が考えられる。たとえば、経済産業省から公表されている、ソフトウェア開発プロジェクト契約のひな形である「情報システム・モデル取引・契約書」(2007)によると、一般的な開発プロジェクトを表のようなフェーズとプロセスに区分している。

 たとえば、いくつかのフェーズを性質ごとにまとめたプロセスは別契約として締結し、そのうちプロセスの開始時点で工事収益総額が明確に定まっているものに対して工事進行基準を適用する方法である。この方法を採用すると、各プロセス(契約)ごとに、会計上の「成果の確実性」を満たすかどうかを判断し、「成果の確実性」を満たす契約については工事進行基準の適用が可能になる。

 その際の留意点としては、たとえば、決算日近くに意図的に契約を分割して検収することによる、売り上げや利益の不適切な嵩上げを行わないよう、社内で大型開発プロジェクトに対する契約形態の方針を定め、対象となるすべてのプロジェクトに対し方針通りに契約の分割と締結を進めていくことだ。

仮契約書などで信頼性を担保

 プロセスごとに契約を結んでいくという、この方法は大型プロジェクト開発の例だ。これに対して、シンプルな受託開発プロジェクトのように、プロジェクト開始時点で正式な契約書こそ取り交わせないものの、仕様や契約金額については高い精度で見積もれている、という場合はどうであろうか。

 このような場合には、契約書に先立って、受注の確認ができる仮契約書などをもって受注のやり取りを行い、工事進行基準をスタートさせる方法が考えられる。つまり、仮契約書での金額を代替的に工事収益総額とすることになる。

 この際に、先方の担当者ではなく、責任者の押印(社判)のある書面を代替的に入手し、先方が会社としての発注を行ったことを確認するなど、実務上は工事収益総額の信頼性を担保することが必要になる。そして、仮契約書には開発プロジェクトに必要な事項を漏れなく記載するような運用ルールを社内で明確に定めるとともに、適切な承認フローを構築することも欠かせない。

 また、提案型のプロジェクト開発などの場合には、営業活動の打ち合わせや提案書の作成などに開発スタッフが従事することもあるだろう。そうした場合、会計上の「販売費及び一般管理費」となるべき営業(販促)活動と、その後の「製造原価(売上原価)」となるべき開発活動が明確に区分できないこともある。つまり、これらは、損益計算書の段階利益に影響を与えるため、利益の区分が変更され損益計算書の見え方が変わってしまうこともあり得る。このような場合には、いつからが会計上の開発スタートのタイミングとなるのか、決めることが必要だ。

 一般的には契約書を締結してからが本格的な開発活動となるが、前述のように契約書をタイムリーに締結できない場合には、契約書締結前に実質的な開発活動がスタートする場合も考えられる。この問題では、企業ごとに実態に即した社内ルールを定め会計処理を行っていくことになる。具体的には、前述の仮契約書などの文書ルールと承認ルールを整備し運用していくことで、その社内ルールが妥当であれば、恣意性を排除した対応が可能になる。

 このように、プロジェクト開始時点で契約書を締結できない場合については、実務上いくつかの対応方法は考えられるが、実際のところ、正解はないと言えるだろう。あくまで各企業の開発実態に即した対応方法によって、会計上の要件を満たすプロジェクトについて工事進行基準が原則的に適用されることになる。いずれにせよ、各企業や各プロジェクトの実態に合わせた社内ルールを定め、そのルールに従ってすべての対象プロジェクトが適切に運用されることが肝要だ。

*   *   *

 今回は、工事進行基準適用のための三つのポイントのひとつである工事収益総額について、会計基準上求められる要件と実際の対応例をまとめた。特にソフトウェア業界の特徴でもある、契約書を開発スタート時点で締結できない場合の実務上の対応策についても、実際の企業の運用例も踏まえて、その方法を説明した。次回は、三つのポイントの中でも対応に困難が伴うケースも多いとされる「工事原価総額」の合理的な見積もりを紹介する。

木村氏
筆者紹介

木村忠昭(KIMURA Tadaaki)
株式会社アドライト代表取締役社長/公認会計士
東京大学大学院経済学研究科にて経営学(管理会計)を専攻し、修士号を取得。大学院卒業後、大手監査法人に入社し、株式公開支援業務・法定監査業務を担当する。
2008年、株式会社アドライトを創業。管理・会計・財務面での企業研修プログラムの提供をはじめとする経営コンサルティングなどを展開している。

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