崖っぷちプロジェクトの3度目の正直
Linuxカーネル2.6.30は、今年の2月13日にlinux-nextに統合後、rc1からrc8までのテストと修正の段階を踏んで6月10日の公開に至った。この4カ月間、TOMOYO Linuxのプロジェクトメンバーたちは、いまかいまかとリリースを待ち望んでいたはずだ。
リリースされた今、これまでを振り返り、彼らはどう感じているのだろうか。
NTTデータのTOMOYO Linuxへの取り組みは当初、プロジェクト・マネージャの原田季栄氏と開発担当の半田哲夫氏の二人三脚で始まった。2003年の春のことだった。
「TOMOYO Linuxプロジェクトは、私が社会人になってから3番目のプロジェクトです。最初のプロジェクトと2番目のプロジェクトはどちらもプログラム開発を1人で行う小規模なもので、従来からの考え方に囚われない自由な発想で開発することができました。しかし、実際のシステムに採用されるチャンスに恵まれず、結局はプロトタイプのままお蔵入りしてしまいました」
プロジェクトのスタートまでの経緯を、半田氏はこう振り返る。
3度目の正直ではないが、TOMOYO Linuxは、晴れて2005年11月にオープンソースとして公開され、「お蔵入りを免れた」のだという。
しかし、さらに驚くべきは、それまで原田氏と半田氏ともにLinuxカーネルの開発経験がなかったことだ。
「当時は『セキュアOS』に関する日本語の情報は皆無で、文字通りゼロからのスタート」だったと原田氏は語る。
公開を果たしたものの、TOMOYO Linuxは依然として社内の研究開発の域に留まっていた。
そんなTOMOYO Linuxに転機が訪れるのは、2007年、CE Linux ForumとYLUGに出会ってからだ。これを機にメインライン化をめざし始めてからは、新たな課題がプロジェクトに課せられた。