通常、Linuxカーネルの技術的な議論は、LKML(Linux Kernel Mailing List)で行われる。5000人以上の購読者を持つこのメーリングリストが、Linuxカーネルの技術的な議論を行う唯一の場であり、ここで議論され合意されたもののみがLinuxの本体に取り込まれる。
Linuxカーネルを構成するコードの数は、いまや1000万行を越えている。そこに採用されるためには、これらを管理するトップメンテナやメーリングリストのレビュアーに自分たちの技術的メリットをわかりやすく説明し、納得させなければならない。当然、LKML上のやり取りで使われる言語は、英語のみだ。
これらの制約が高いハードルとなっており、Linuxのメインラインに新機能が採用されることは容易ではない。
LKML上で「納得のいく説明」をできるか否かが、ときに命運を分ける。そこでTOMOYOは、LKMLの前哨戦として2ちゃんねるにスレッドを立て、そこを国内のレビュアーとの議論の場に仕立て上げた。
Linuxカーネルに関するコラムで多くの読者を持ち、著名なハッカーでもある小崎氏は、基調講演の中でマージ前のTOMOYO Linuxをレビューし、TOMOYOの掲示板に自らも参加して開発者たちと議論を交わした経緯を紹介した。
会場のほとんどの参加者は、小崎氏をはじめとする匿名のレビュアーたちとTOMOYO Linuxのプロジェクトメンバーが、LKMLでのアプローチの方法や購読するレビュアーたちに対する説得の仕方、果ては実装方法に至るまでの議論を2ちゃんねるのスレッドで、しかも匿名で行っていたことに驚いた。そして、それ以上にそこで交わされた議論のレベルの高さに目を剥いた。
この講演の内容については、YLUGカーネル読書会の吉岡氏がプログ「TOMOYO Linuxに学ぶ説得術 - 未来のいつか」でも言及している。
メインラインはみんなのもの
しかし、もっとも参加者の心を貫いたのは、やはりTOMOYO Linuxプロジェクトチームの発表だった。
プロジェクト・マネージャであるNTTデータ 技術開発本部の原田季栄氏は、メインライン化の報告とともにこれまでの道程を辿りながら、「カーネル開発やメインライン化は、グローバルが前提となっている。その意味でTOMOYO Linuxのプロジェクトは、グローバルのど真ん中にいたといえるだろう。そしてメインラインをめざすプロセスで、我々はグローバルの意味を理解し、グローバルな考え方を身につけた」と語った。
「プロジェクトチームは我々だが、我々だけではメインライン化は達成できなかった。それができたのは、NTTデータを含め、プロジェクトを支えてくれた人たちの存在と、その思いが感じられたからだ」――だから、メインライン化は、みんなの成果なのだという。

「メインライン化はひとつの達成だが、本当に意味があるのは、そのプロセス。これは体験してみなければわからない。また、ソースコードは重要だが、Linuxの素晴らしさは、それ以上にLinuxを作る「人たち」が素晴らしいことだ。メインライン化をめざして、彼らが、いかに優れた技術と資質を持ってコミュニケーションし、それを作り上げ、進化させているかを知った。皆さんにもぜひ、それを体験して欲しい」(原田氏)