確かに、よくよく考えてみればMcClellandの研究は、ハイパフォーマーと平均的な社員とを比較して、「高業績をあげる人はどこが違うのか」を把握することを目的としており、ハイパフォーマーたちの人間性の差異に焦点を当て、その特性をコンピテンシーと呼んだ。
つまり、人間性全体を捉えたMcClellandのコンピテンシーに対して、人事におけるコンピテンシーは、分類されたコンピテンシー項目を個別に点数化し、その人の人事評価に利用しようとした。しかし、そのことに関する妥当が疑問視されるようになったのである。
人事の評価基準として適さなかったコンピテンシーだったが、成果につながる行動を解き明かす研究という観点では、高く評価されるものだろう。企業はいつも、個人の力を正確に把握したいのであり、成果をもたらす行動がいかにして生み出され、ローパフォーマーと何が異なるのかを知りたいものだ。その差異が分かれば、ハイパフォーマーに近づくための学習につなげられる可能性があるからだ。
神戸大学教授の金井壽宏氏は、コンピテンシーという概念について、ラグビーの名選手であった平尾誠二氏とのインタビューを通じ、以下のように解説している。コンピテンシーを考えるとき非常に理解しやすい例だと思う。
金井氏が平尾氏から聞いたのは、ラグビーにおける「パス」についてだ。スポーツの世界では、しばしばプレーの反復練習を行う。ラグビーでは、ほとんどのクラブでパス練習は熱心に行われており、日本人のパスの美しさは世界のトップクラスだそうだ。
しかし「パスとは何か」を教えられることはめったにないという。平尾氏の解説によると、パスとはまさに「戦略的行為」であって、パスを出したら、パスを出す前よりも状況が有利になっていなければならないのだという。従って、練習で美しいパスを出せるようになっても大した意味はなく、得点につながるような効果的なパスを、いつ、どのタイミングで出せるかが最も重要になるという。しかし、パスとは何かを理解している日本人はかなり少ないのだそうだ。
ワールドカップで上位を狙う我が国のサッカー代表にも同じことが言えそうだ。状況が常に流動的なスポーツにおいては、チームとしての戦略に基づきつつ、選手個人が相手と味方の動きを視野に入れ「流動的な状況下において的確に判断する」ことが、輝かしい得点という成果につながる。こうした判断能力がコンピテンシーのひとつの形なのだろう。平尾氏の知見は「パスを出す」という行為を通して、McClellandが明らかにした高業績な人と平凡な人との差異について考えさせる。
今回は、組織における個人の力としてのコンピテンシーについて考えてみた。次回は、「人的資本管理」について考えてみよう。