Paco Underhill氏の『なぜこの店で買ってしまうのか』によれば、人は銀行の前を通るとき、なるべく早く通り過ぎようとするそうである。それは「銀行のウィンドウはつまらないし、銀行へ行くのが好きな人間はめったにいない」からだ。
確かに金融商品のポスターがずらりと掲示されている壁面をじっくり見て歩く人はあまりいないだろう。しかし、ドイツにそうした銀行の概念を覆す、歩く人が早く通り過ぎない銀行ができた。
ドイツ銀行の実験店舗
「PEN」(6月15日号)によれば、ドイツ銀行の展開する実験店舗「Q110」では、金融商品だけではなく、若手デザイナーのデザイングッズや家具を販売していて結構受けているらしい。住宅ローンを借りに来た人が家具を買っていったりするなんてことが起きている。確かに日本の銀行の店構えを想像すると、とてもそこで家具を買うことは想像できないが、雑誌に掲載されている写真を見ると、それは銀行というよりはIDEE SHOPみたいなインテリアデザインのお店の雰囲気である。
しかし、よくよく考えてみると、銀行でお金を貯めたり、お金を借りたりするとき、それは手段であって、その先にはそれぞれの目的がある。だから、その目的の方を前面に押し出して、その手段を買ってもらうというのは、需要を喚起したり、コモディティ化した商材を売るには良い方法だろう。たとえば、JRなどの交通機関が、交通手段そのものではなくて、旅行そのものを前面にフィーチャーしたマーケティングを展開するのと同じである。
そうすると、金利がどうのとか、返済期間がどうのと言われるよりも、欲しくなる家具、欲しくなる家、欲しくなる車をフィーチャーしたマーケティングを展開した方が、よほど消費者の気持ちは引けるかもしれない。でも、そんなことが今の銀行からイメージできるだろうか?
機能別に使い分けられる銀行
自分で書いていても、とてもではないが、今の銀行が欲しくなる家具や家を提案し、それに惹かれて銀行でお金も借りてしまうという流れは想像できない。つまり、銀行が所謂メガバンク、地域金融機関、ネット銀行みたいなカテゴリで語られている限り、ライフスタイルを売るようなサービスは到底イメージできないのである。
今の金融カテゴリだと、人はライフスタイルによってではなく、各金融機関の提供する金融機能によってのみシビアに金融機関を使い分ける。たとえば、日々の決済は給与の振り込まれるメガバンクを使うけど、投資商品はオンライン証券で、定期預金は金利の高いネットバンクといった具合である。
ライフスタイル・バンク
最近では、特定の人物像を想定したマーケティング戦略の構築であるペルソナ分析が金融サービスの開発でも使われるが、特定のペルソナを金融商品とのみ結びつけるだけでは面白くない。むしろ、ペルソナに合致した金融機関や金融ブランドというものができてきたら面白いだろう。たとえば、こういう雑誌を読んで、こういう車に乗り、こんなところに住む人は、金融サービスはこれ、というような感じに。
金融サービスというのは装置産業である。それゆえに、ライフスタイルごとに銀行が設立されるなんていうのは実は非現実的な話である。ただ、共通的なサービスというのはコモディティ化している以上、そこはアウトソーシングして、むしろ商品のパッケージングやブランディングに特化したリテール金融というのが一つの業態として出てきても面白いのではないかと思う。ドイツ銀行のように、別ブランドとして大手金融機関が立ち上げるのも一つのパターンだろう。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。