1世紀ぶりの新銀行はエクスペリエンス系

飯田哲夫(電通国際情報サービス)

2010-08-10 08:00

 7月29日、イギリスでMetro Bankという新しい銀行が誕生した。日本経済新聞の報じるところによると、イギリスでリテール銀行が新規に設立されるのは1世紀ぶりであるらしい。この銀行、オンライン専業ということならあまり驚きもないが、普通に店舗展開を予定しており、今後10年間で200店を展開する計画だという。

 銀行のビジネスというのはITへの依存度が高い装置産業であるため、スケールプレーヤーに有利である。イギリスではHSBCやRBSなど大手銀行に集約化され、そのスケールを上回って効率化を発揮しようと思えば、オンラインに特化するなど何らかの工夫がないと成り立たない。では、このMetro Bankは何で勝負しようとしているのか。共同創業者で会長のAnthony Thomson氏はこのように言っている。

"We believe customers simply want a better experience from their bank, the kind they typically get from a great retailer and that's what we intend to give them,"

"The British public deserves a better banking experience."

 つまり、より良いバンキングエクスペリエンスで勝負すると。実際のところ、この「The Wall Street Journal」の記事によれば、金利などでは既存の銀行より劣っているケースがあるようだ。それはそうだろう。普通に支店を開設するのでは、規模の大きい銀行に勝てる見込みはないに違いない。

 しかし、イギリスのバンキングエクスペリエンスとはそんなに酷いものなのだろうか。自分の記憶では、イギリスの銀行の窓口というのは透明なプラスチック製の壁で隔絶されていて、顧客はその下に空いた小さい窓から小切手や現金を窓口担当者と遣り取りする。これはセキュリティの観点からなされているものであるが、まるですべての顧客が疑われているようなもので、決して良い経験ではない。

 そこでMetro Bankは、店舗からこうした隔壁を取り除き、短時間での口座開設を実現し、よりよいバンキングエクスペリエンスを提供するつもりであるという(店舗イメージ)。さて、このMetro Bankの創設者は、かつて米国でも銀行を設立して大いに成長させた経験を持つVernon Hill氏である。同氏は、9人の従業員でCommerce Bancorpという銀行を1973年にニュージャージーに設立し、それを400店を持つ銀行に育て上げて、カナダのToronto-Dominion Bankへ売却した。

 その時、Hill氏は銀行の店舗を“Branch”とは呼ばずに、リテーラーのように“Store”と呼んで、リテーラーのコンセプトで銀行のビジネスを展開した。イギリスにおいてもバンキングエクスペリエンスが受けるだろうか?

 イギリスにおいてもリーマンショック後には銀行業界への信頼感が低下しており、銀行に対する期待感というのは決して高くないはずである。そこへ新たに新規参入組が、銀行というもののサービスの概念を覆すことができれば、その貢献は非常に大きいと言えるだろう。ちなみに、Metro Bankのキャッチフレーズは、“LOVE YOUR BANK at LAST(ついにあなたの銀行が好きになる)”である。

筆者紹介

飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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