部長の中に既に課題はある
「そりゃ、宮本君、コストを抑えているのは、新規を削って維持するところだけでなんとかやっていて、重たい現行システムの技術選択だけは間違えなかったけれど、その入れ方は間違っている。そこに加えて、ヒトがいないから、しょうがなく多くの案件だけはこなしているって状態なんだよ。それにIT子会社は、近年新しいことをやれていないので、ノウハウが陳腐化したままで、単に時間だけ過ぎて年を取っていく。だから、コストも下がらない。そんなことも、知らないの?」
「そうですか……それって、どっかの会社のような気がしません?」
「ウチの会社だって言いたいんでしょ?」
「そうなんです。No.1やNo.2なんかは、潤沢にITに投資しているのも事実なんですけど、“TGR”の配分がすごくいい会社が多いんですよね。TGRって何を指しているかというと、“Transform、Grow、Run”です。Transformっていうのは“革新”投資。Growとは“成長”投資。コンビニエンスストアが店舗を増やすときに入れるようなネットワークやストアコンピュータ、POS(販売時点管理システム)などにかかるコストですね。Runって言うのは、既存のITの“維持”にかかるコスト。そうした中で、Transform投資に約15%くらいは配分できている」
「確かに、ウチはここ5年くらい、コスト削減しかしてこなかったからなぁ~」
「そうですね。でも、問題は維持管理だけで、結構なコストがかかってしまっている構造があることです。30年前のシステムは、子会社の中でもベテランが中心になって面倒を見ていると仰っていましたけど、ベテランって普通に考えると人件費高いですよね。加えて、業務改革の切り札だったERP(統合基幹業務システム)は昔のメインフレーム並に重たい仕組みになっていて、新規案件やるだけで結構な体力が必要になってきている。そうやって何とかみんなで、この仕組みを保たせているんだけど、そこだけで汲々としていて、現状を打破する人材はいない」
「でも、帳尻合わせのために、経営への見かけは悪くならないよう、新しいことをやらない…」
「そうです。でも部長。ちょっと、経営の雰囲気が変わってきてません? 『もっと事業に貢献しろ!』ってまた言われ始めていませんか? しかも『早くやれ』って言われませんか? 21世紀も10年が過ぎ、次なる成長戦略を描こうとしている。海外や他事業とかですよね。でも、ITはここについていく余力や余裕、ノウハウがない。そんな状況ですよね」
日本的システムの良さを理解する海外企業
「そうなんだよね……掛け声だけは『業務改革を率先して成長戦略を後押しするんだ!』って言ってはいるんだけど、現実問題『何ができんの? 誰ができんの?』って壁が1m先にある。あ、すぐそこって意味ね」
「部長、それくらいわかりますよ。じゃ、システムそのものに目をやってみましょう。パフォーマンスを評価してみると、そんなに悪くはない。ユーザーの満足度だって、結構良かったりする。それは、どうしてなんでしょう?」
「だってさ、ユーザーニーズは、なるべく満たしてあげるように作ってきたんだもん。それで、満足度低かったら、そりゃ怒るよ」
「そう。仕様としては、ユーザーの要望を満たす形になっている。でも、“業務改革”という言葉に閉塞感がある。これ、何を指しているかというと、業務を実現するためのシステムがおかしいってことなんじゃないでしょうか?」
「どういうこと?」
「日本企業の良さは、顧客の厳しくて複雑な要望に会社として応えてきたところにあります。そのために情報システムは、顧客別や納入先別に製品仕様、回収条件、配送ルート、納品タイミングや方法を分け、対応をしてきた。人事だと、限りなく個人別に給与や手当ての計算方法や支給内容を分けてきた。結果的に債権債務もあらゆる複雑なバラエティに対応をするようになってきた。システムはそれをなんとか実装してきた。しかも、ユーザーがなるべく楽になるような形で、かつ、それを止めることなしに高速レスポンスで」