しかし、こうした行動が良い結果につながる可能性は低いであろう。なぜならここでの3つの要素である意思決定、その後の消費者行動、サプライチェーンはそれぞれ異なる時間枠の中で動いており、早い意思決定を行っても最も動きの鈍い要素に足を引っ張られ、狙った効果を生み出すことができないかもしれないからである。それどころか最悪の場合、危険な結果を招来しかねない。
データとアナリティクスに関わるもう1つの問題は、これらによって自社のビジネス・プロセスの細かい部分までもが可視化されるため、プロセスを必要以上に最適化しようという誘惑が働くことだ。最適化が過度に進んだプロセスは、ジャスト・イン・タイム物流の例に見られるように、不測の事態が生じた場合に誤差の許容範囲が極端に狭いため、非常に脆弱となる。
3つ目の問題は、「オーバーステアリング」と呼ばれるもので、意思決定の必要がないのに意思決定を行うことである。たとえば、プロジェクトが予定より遅れていることをデータが示しているとする。これを見た経営者はプロジェクト・マネージャーを叱り飛ばすかもしれない。また関係者にプロジェクトの遅れについて早速詫びを入れるかもしれない。しかし、プロジェクトに緊急時対応策を組み込んだり、進捗状況報告の頻度とサンプル調査の頻度を別にする、プロジェクトの遅れに気が付いた社員が残業をして遅れを取り戻す、などの手を打てば、経営者は前述のような余計な行動をとる必要がないかもしれないのである。
変化の日常化
企業の発展には安定性と反復性が必要だ。安定した、反復可能なプロセスは大規模な資本投下を可能にする。また大規模な社員教育を行う理由にもなる。さらには、プロセスや判断を変える必要がないため、変更の背景や理由を何回も説明する必要がなくなり、その分それに伴うコストの削減が可能となる。
しかしアナリティクスをベースにした未来の企業は反復性ではなく、予測のつかない変化が常に急に起こりえるという前提で設計される必要がある。
自社のプロセス、顧客、サプライヤー、競合企業への可視化が細部まで進めば、意思決定も木目細かなものにすることができる。実際、「地元のフットボール・チームが連勝している地域では、日曜の夜は店のビールの在庫量を増やす」等の細かな対応を意思決定ルールに組み込むことができるようになる。このような意思決定は状況の変化に合わせて行うものであり、フットボール・チームの試合展開と同じく急速に変化することがある。
状況変化や時間経過に合わせて意思決定を素早く変化させることは、企業にとって大きな課題となろう。もはや意思決定の理由を1つ1つ説明するのは容易ではなくなる。資本投資は企業レベルでの反復性を前提とするものでなくなり、予測できぬ変化が日常化する状況に対応できるものでなくてはならない。
情報の統合
今日の企業の情報は様々な切り口で分断化されているため、企業としてはその全てを活用することはできない。分断の例としては、技術による分断(データが異なるシステムにあるため一元化ができない)、組織による分断(データが異なるガバナンス組織にあるため一元化ができない)、所有による分断(社内・社外による分断)がある。未来の企業は、アクセスする全ての情報を統合しなければならないことを認識しているという意味において「意識の高い」企業と言うことができよう(またはそうならざるを得なくなるであろう)。
「情報統合」の極端な例として、医薬品業界を考えてみよう。この業界は、薬の効能や副作用の検証手段として伝統的に臨床試験データに依存してきた。