『エスケープベロシティ』解説(第2回):カテゴリー力(2)--抵抗勢力に打ち勝ち成長機会に投資する

栗原潔 (テックバイザージェイピー) 2012年01月05日 10時13分

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 前回は、多くの企業が、現在の稼ぎ頭のカテゴリーで稼いだ金を成長カテゴリーの新たな機会に投資するという単純なことをできていない(その結果いわゆる大企業病に陥り、長期的に地位を失っていく)という点について述べました。

 そうなる理由は明らかです。ほとんどの場合、企業の経営資源配分プロセスでは現年度の実績をベースにして部門間の調整作業(という政治的やり取り)をして翌年度の配分を決めることになります。要するに、現在の稼ぎ頭の案件と将来の大きな可能性をもたらす案件の間で経営資源(人とカネ)の取り合いが生じます。この取り合いではほぼ確実に前者が勝ちます(今稼いでいる案件と将来の不確実な案件を比較すると前者が優先されるのは当然)。結果として、成長機会への投資が不十分になり脱出速度を達成できないことになります。

 では、「現在の稼ぎ頭を犠牲にして新規案件に社運を賭けろ」とかけ声をかけてもそんな簡単にことは運びません。ここで必要となるのがトップダウンの資源配分モデルです。これが、3ホライゾン・モデルです。実は、このモデルはムーア氏の創案ではなく、マッキンゼーの人が書いたThe Alchemy of Growth(翻訳未刊行)で提唱されたものです。

 3ホライゾン・モデルの基本アイデアも非常にシンプルです。企業の投資案件をそのリターンを提供する時期に応じて3つに分類するということです(ここで言う“horizon”は「期間」という意味)。

 ホライゾン1は投資回収期間1年以内の案件で、今日のキャッシュフローを生み出す案件です。ホライゾン2は投資回収期間が1年間から3年の案件で明日のキャッシュフローを生み出す高成長ビジネスの案件です。ホライゾン3は投資回収期間が3年から6年で将来の成長ビジネスの選択肢です。

 ここで、ホライゾン1の案件とホライゾン3の資源の取り合いはあまり問題になりません。ホライゾン1が必要とする資源はマーケティングや営業である一方で、ホライゾン3が必要とする資源は主に研究開発なので利害の衝突が生じません。その一方で、ホライゾン2はマーケティングや営業の資源を必要としますので、ホライゾン1と直接的にぶつかります。そして、前述のとおり、意識していないとこの資源の取り合いではほぼ確実にホライゾン1が有利に扱われ、ホライゾン2に十分な資源が回らなくなります。

 その結果、多くの企業が将来に向けた多大な研究開発投資(ホライゾン3)を行なっているにもかかわらず、それを現在の稼ぎ頭(ホライゾン1)として成長させるための移行期(ホライゾン2)に十分な投資を行なえていません。『エスケープベロシティ』では「ホライゾン1にはホライゾン3の案件が残骸となって流されてくる」と何とも絶妙なたとえで表現しています。

 これは私見ですが、今のMicrosoftがまさにこのような状況になっていると思います。WindowsとOfficeというホライゾン1の稼ぎ頭への投資に力が入りすぎて、スマートフォン、タブレット、デジタルメディアプレイヤーというホライゾン2の案件に十分な経営資源が投入されていないのではないでしょうか?その結果、中途半端な製品しか登場せず脱出速度を達成できていません。これは、研究開発投資が足りないせいではありません(MicrosoftはIT業界でもトップレベルのR&D投資(要するにホライゾン3への投資)を行なっています)。Microsoftの業績だけを見ると絶好調なのですが、長期的にPCが成熟カテゴリーから衰退カテゴリーになったときに(既になりつつある?)どうなるかというリスクがあります。当然株式市場はこの点をわかってますのでMicrosoftの株価が業績の割にはいまひとつという状況になっています。

 ちなみにこれはITの歴史の中で、IBMがメインフレームで、DECがVAXで、SunがSPARC/Solarisでしでかした間違い、いわゆる“victim of its own success”(自らの成功の犠牲)という典型パターンであります。

 話を戻しますが、結局のところホライゾン2の案件をどう扱うかが最重要ポイントということになります。

 第一に重要なことは、経営資源の一定割合をホライゾン2専用として事前に確保し、ホライゾン1との取り合いをやめることです(これにはトップダウンの「独裁的」リーダーシップが必要になりますね)。

 『エスケープベロシティ』はこれ以外にもホライゾン2案件において注意すべき点がいくつか挙げられています。代表的なものにKPI設定があります。ホライゾン1におけるKPIは売上げなどの財務的指標が中心になります。同様のKPIをまだ市場が確立していないホライゾン2に割り当てるのは意味がありません。ホライゾン2のKPIはターゲットとした初期顧客の確保率に置くべきです。営業担当者やマネージメントの報酬体系もこのKPIに合わせて設定すべきとしています。

 カテゴリー力についての説明は以上です。次回は「企業力」について説明します。

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ZDNet Japan編集部:本稿はブログ「栗原潔のIT弁理士日記」からの転載です。執筆者の栗原潔氏は、株式会社テックバイザージェイピー代表で弁理士。IT分野に特化した知財コンサルティングを提供しています。

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