アップルが悪役になる日 - (page 2)

三国大洋

2012-02-10 16:41

アップルの海外埋蔵金は政治問題になるか

 この約4300億ドルというアップルの価値のうち、約4分の1にあたる976億ドルがいわゆる流動性資金——現金(及び預金)と長期・短期の証券類である。下図の通り、この金額は過去1年間に380億ドルも増加している。

 そうして、この約1000億ドル近い資金の約3分の1が「米国外で遊んでいる」といわれている。下図は1月11日時点(アップルの最新決算発表前に公開されていたもので、金額に差異がある点に留意)。

 この点について、M.G.Siegerは次のように記している。

"Apple added $38 billion in cash to its reserves just in the past year alone, as Horace Dediu points out . They now have $97.6 billion in cash and equivalents. $64 billion of that is offshore, Apple CFO Peter Oppenheimer stated during the call ― meaning, it would cost money (taxes) to bring it back into the U.S."
「AsymcoのHorace Dediuが指摘しているように、アップルが蓄えた現金はこの1年間だけでも380億ドルにのぼる。同社の現金および預金はこれで976億ドルとなったが、このうち640億ドルが国外にあるものと、アップルの財務責任者Peter Oppenheimer氏は決算発表のなかで説明していた——これらを米国内に持ってこようとすると、お金がかかる(課税される)ということだ」(筆者訳)
(出典:Apple's Massive Numbers And Some Context - TechCrunch

 ざっくり見積もって5兆円というとこの途方もない額の「海外埋蔵金」が、今年場合によっては米国の政治問題となりかねない、という話をこれからしていく。

「iエコノミー」の闇に光をあてたNYTimes特集記事

 アップルのこの前代未聞の好決算(註3)については各所で広く報じられた通りだが、この発表をはさむ形でNew York Times(以下、NYTimes)が「THE iECONOMY」と銘打った特集記事を前後2回にわけて掲載していた。

 具体的にはアップルのサプライチェーンについて採り上げた前編(「How the U.S. Lost Out on iPhone Work」)と、アジアのアウトソーシング先——あわせて100万人を超える従業員を抱え、「世界のガジェットの約40%」を製造しているとされる台湾フォクスコン(Foxxcon)の中国にある工場での厳しい労働環境をレポートした後編(「In China, Human Costs Are Built Into an iPad」)の2つである。

January 21, 2012
The iEconomy - How the U.S. Lost Out on iPhone Work
(RSSフィードなどの配信でも使われるブラウザのヘッダには「Apple, America and a Squeezed Middle Class」とある)

January 25, 2012
The iEconomy - In China, Human Costs Are Built Into an iPad
(ヘッダタイトル「Apple’s iPad and the Human Costs for Workers in China」)

 周到な取材を踏まえて入念に書かれたと思われる長文(前後編あわせて1万語近くもある)のこの特集記事が、大手メディアのIT欄や多くのブログなどで大きな反響を呼んだ。アップル製品のユーザーや一般消費者の反応までは把握できていないが、少なくとも他の媒体を中心にこの話題に反応したコラムやレポートなどが複数掲載されていた(註4)。

 もっとも、アップルの動向をある程度気にかけてきた方にとっては、どちらの話題もとくに目新しいものではないだろう。実際、後者についてはこれまでも工場の爆発事故や一時期連発した従業員の自殺、あるいは労働条件の改善をめぐる労使間のやりとりといった出来事がある度に、現代版の「女工哀史」的な話がどこかで採り上げられ、その一部は話題を呼んでいた(註5)。

 前者についても、すでに見聞きしたことのある話と思われる方も少なくないかと思う。たとえば、新製品発売時のBOM(Bill of Material:部品コストの推定額)をめぐるニュースは近年では恒例となった感もある。またとくにiPhoneの大ヒット以降、アップルが潤沢な資金力にものをいわせて部品などを買い叩いているという話を幾度も目にした記憶がある。最近でもBusinessweekが昨年11月上旬に掲載した「Apple's Supply-Chain Secret? Hoard Lasers」と題する記事のなかで、この話題について詳しく取り扱っていた(註6)。

 そうした過去の例と、今回のNYTimes特集記事との具体的な違いはなにか。それは、NYTimesがこの問題を米国内の政治・社会問題——「雇用(創出)」と「公正な(税)負担」という、大統領選を控えた今年もっとも大きな注目を集める2つの問題とリンクさせて取り扱っているという点だろう。

 次回以降では、NYTimesのふたつの記事の概要、そしてオバマ大統領の「今年の指針表明」といえる年頭教書演説の中味に簡単に触れた上で、「グローバル化」と「高度資本主義」(“Super Capitalizm”)の絡まる現代社会の中・長期的なトレンドにアップルがもっともよく適応できたが故に、同社はいまその弊害をもっとも端的に表す象徴的存在として批判の矢面に立たされかねない立ち場に置かれている……という話をしていく。

 無論これらの問題はアップル1社に限った事柄ではない。だが、「iエコノミー」(iEconomy)といかにも人目を惹きそうなこのタイトルコピーからは、そうした問題提起の材料としてアップルを利用しようとする意図が感じられる。また、NYTimesにこの前後編が掲載(公開)されたそのタイミングからも、そうした意図を感じざるを得ない。つまり、次のようなことである。

  • 1/21(土):NYTimes iEconomy 前編(米国の雇用の問題)
  • 1/24(火):アップル決算発表、オバマ大統領年頭教書演説
  • 1/25(水):NYTimes iEconomy 後年(中国製造現場の労働条件・人権の問題)

(次回につづく)

註3:入念な準備

記事とは別に、この話の概要を説明したビデオまで作られていたことからも、NYTimesのこの記事にかけた意気込みのほどがうかがえる。

註4:大きな反響

例1:CBS Newsの番組

The dark side of shiny Apple products

例2:CNET Buzz Out Loud(ポッドキャスト)

Ep. 1578: Who died to build your iPhone?

註5:「女工哀史」

ハイテク版「女工哀史」 - iPhone部品サプライヤーで、有害物質の被害者に離職要求

註6:Businessweekの記事

Apple's Supply-Chain Secret? Hoard Lasers

この記事のなかには「アップルがiPhone 4発売の前にタッチスクリーンを買い占めたため、HTCなどの競合他社ではしばらくの間、供給確保が困難な状況が続いた」「iPad製造につかうあるドリルをアップルが買い占めた影響で、同じものを求める他メーカーの納品待ち時間が6週間から6カ月に伸びた」、あるいはMacBookやTrackpad、Wireless Keyboardのなかに埋め込まれている緑色のインジケーターの光を通す穴をアルミ筐体に開けるための、レーザー光線をつかった特殊な加工装置に関し、そのメーカーと独占契約を結んで「1台25万ドルもするようなこの加工装置を何百台と買い込んだ」といった関係者の語ったエピソードが紹介されている。

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