アップル対アップル - (page 3)

三国大洋

2012-02-15 14:14

 NYTimesの記事を目にして、一部の良心的な人々が「人の命を犠牲にしてできてきた可能性のある製品を自分が毎日使っている」ことにあらためて気付かされ、それでいささか落ち着かない気持ちになったとする。

 しかし問題はとても厄介だ。単に特定の製品をもう使わないと決めれば、それで「居心地の悪さ」を拭い去ることができるというわけでもない。

 iPhoneやMacを使わないことにするとして、ではほかにどんな選択肢があるのか。アップル以外にも、アマゾン、HP、モトローラ、ノキア、サムスン、ソニー、任天堂などの製品もフォクスコン(Foxconn)の組み立てラインを通って生まれてくると聞けば、居心地の悪さを抱えた読者は無力感に襲われるのではないか。

 実際、この特集記事の後編はそういう無力感が高まるような記述で終わっている。つまり、アップルに対し、事態の改善へ向けて有効な圧力をかけられる者がいるとすれば、その筆頭に来るはずの消費者は「中国での労働環境の問題よりも、新しいiPhoneがどうなるかといったことのほうを余計に気にかけている」ということだ(註5)。

 ただし、ここで無力感を植え付けただけでは、これまで何度も世に出てきた他の類似の報道と変わらぬ結果に終わってしまう。

 NYTimes記事の巧みな点は「中国の生産現場」という、米国のそれとは異なる基準あるいは仕組みで動いている「ブラックボックス」のような世界への依存を続けていては、この問題を大きく改善させることは難しいと思わせ、さらに解決の糸口として米国内の雇用創出にもつながるという「一石二鳥」の可能性、あるいは「一脈の光明」が残されていることを示唆しているところにある。

 シリーズの冒頭で「いちど国外に流れ出てしまった雇用はもう戻ってこない」というジョブズのコメントを記し、読者に対して先制パンチを繰り出したNYTimesだが、実は前編の後半で、一見これと相矛盾するかに思える話を持ち出してくる。

 具体的には、2011年2月のオバマ大統領との夕食会のなかで、ジョブズが「いまは中国にあるアップル製品製造の仕事の一部を、将来米国内にもって来ることさえ可能」と考えていたとする部分がそれにあたる。

"Mr. Jobs even suggested it might be possible, someday, to locate some of Apple’s skilled manufacturing in the United States if the government helped train more American engineers."

 「政府がより多くのエンジニアを養成することに力を貸せば」というジョブズ側からの条件がついている点については後でまた触れるとして、もうひとつ、この部分の直前に一部の企業幹部が大統領に対し、雇用創出のために使うという条件付きで国外にある利益の持ち込みに関する税の優遇措置を認めるよう求めている点にも留意したい(註6)。

2011年2月、IT業界の著名人がオバマ大統領の夕食会に招かれた(出典:ホワイトハウス)
2011年2月、IT業界の著名人がオバマ大統領の夕食会に招かれた(出典:ホワイトハウス)

 ジョブズは「フォクスコン(Foxconn)の中国工場では70万人もの労働者がApple製品を組み立ており、それを監督するミッドレベルのエンジニアだけで3万人も必要」「製造現場で働くこれらのエンジニアには(米本社で製品開発に関わるような従業員とは異なり)博士号も要らない、ましてや『天賦の才』など必要ない。製造に関する基本的なスキルがあれば十分で、実業学校やコミュ二ティカレッジでも訓練できる(種類の仕事)」との認識を示し、だから「米国で今後、それだけの人材が養成できるようになれば、アップルが工場を米国内に戻す可能性も出てくる」と考えていた。

 そして、この発言を聞いたオバマ大統領が「そのアイデア、いただき!」となって、側近にしきりと「ジョブズ氏が言っていた3万人のエンジニアを訓練できるような方法を見つけ出さないといけない」と語っていた……というのは、次回に触れるオバマ大統領の年頭教書演説の内容とも辻褄があっている(註7)。

 また、公認伝記のなかにはオバマ大統領との夕食会で「タックス・ホリデー」の話を持ち出したのが、シスコシステムズのCEOであるジョン・チェンバーズ氏だったという記述もある。同氏はこの「Repatriation Tax」の課税免除(期限付きで免除期間="holiday"を設ける)を進言して、同席していたフェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏に「オレたちはそんなこと(個々の利害)について話すために、ここに集まったわけではなかろう」とむかつかれた——と、乱暴にいうとそんなエピソードも同書には記されている(註8)。

(第3回「iエコノミーの光と影--ジョブズの影を踏むオバマ大統領」)

註5:消費者の動向

“You can either manufacture in comfortable, worker-friendly factories, or you can reinvent the product every year, and make it better and faster and cheaper, which requires factories that seem harsh by American standards,” said a current Apple executive.

“And right now, customers care more about a new iPhone than working conditions in China.”

In China, Human Costs Are Built Into an iPad


註6:雇用創出と税の優遇措置

"At dinner, for instance, the executives had suggested that the government should reform visa programs to help companies hire foreign engineers. Some had urged the president to give companies a “tax holiday” so they could bring back overseas profits which, they argued, would be used to create work. "

How the U.S. Lost Out on iPhone Work


註7:ジョブズの提案を実現する方法について模索するオバマ大統領

When Job's turn came, he stressed the need for more trained engineers and suggested that ... Jobs went on to urge that a way be found to train more American engineers. Apple had 700,000 factory workers employed in China, he said, and that was because it needed 30,000 engineers on-site to support those workers. "You can't find that many in America to hire," he said. Those factory engineers did not have to be PhDs or geniuses; they simply needed to have basic engineering skills for manufacturing. Tech schools, community colleges, or trade schools could train them. "If you could educate these engineers," he said, "we could move more manufacturing plants here." The argument made a strong impression on the president. ... he told his aides, "We've got to find ways to train those 30,000 manufacturing engineers that Jobs told us about."

"Steve Jobs" by Walter Isaacson (p.546)


註8:ジョン・チェンバースにむかつくマーク・ザッカーバーグ

Jobs, sitting next to the president, kicked off the dinner by saying, "Regardless of our political persuasions, I want you to know that we're here to do whatever you ask to help our country." Despite that, ... Chambers, for example, pushed a proposal for a repatriation tax holiday that would allow major corporations to avoid tax payments on overseas profits if they brought them back to the United States for investment during a certain period. The president was annoyed, and so Zuckerberg... whispered, "We should be talking about what's important to the country. Why is he talking about what's good for him?"

"Steve Jobs" by Walter Isaacson (p.545-546)

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