「『雨が降れば傘をさす』『ダム経営』というようなわかりやすい言葉を使いながら、経営において、当たり前に振り返ることを示している。創業者のこうした言葉を大切にしたい」——。
2012年6月27日付けでパナソニックの社長に就任する代表取締役専務の津賀一宏氏は、創業者の言葉のなかでよりどころにするものはなにか、という質問にこう答えた。
津賀氏があげた、松下幸之助がいう「雨が降れば傘をさす」とは、次のようなことだ。
「雨が降れば傘をさすが、傘がなければぬれるしかない。雨の日に傘がないのは、天気の時に油断をして、その用意をしなかったからである。雨にぬれて、初めて傘の必要を知り、次の雨のときにはぬれないように考える。二度と再び、雨にぬれない用意だけは心がけたい。雨の傘だけでなく、仕事の傘、人生の傘にしても大事なものである」と、松下幸之助は語っていた。
また、「ダム経営」ではこんな風に語る。
「最初から1割、余分に設備を用意しておくことが、社会事変に対する企業者の責任。それを私はダム経営という。それにより、少々の変動や、需要の喚起があっても、品物が足りなくなったり、値段があがったりすることはない。これは、あたかもダムに入れた水を、必要に応じて流すようなもの。そのかわり、採算は常に90%の生産で引き合うところにおいておけばいい。だが、今日までの経営は、需要を過大に評価して、設備を拡張し、拡張したものは全部動かさないといけない状況になっている。これは設備だけでなく、資金も同じ。必要に応じて資金を使う、いらないときはダムで余らせておく。そうしなければ、安定経営というものは生まれてこない」
「松下銀行」ともいわるほどの豊富な資金をもっていた、かつてのパナソニックを生み出したベースともいえる考え方だろう。
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だが、この2つの言葉は、いまのパナソニックに自ら「苦言」を呈したものともいえるのではないだろうか。
パナソニックは、欧州の金融危機に端を発した世界的な景気低迷、長引く円高基調、東日本大震災やタイの洪水被害の影響と、相次ぐ「雨」のなかを、傘をささずに厳しい道のりを歩いているようなものだ。
そして「必要に応じて資金を使う、いらないときにはダムに余らせておく」というダム経営に照らし合わせれば、この10年に渡るパネル生産設備の積極投資は、余らせていた資金を使い切るという時代だったといえるかもしれない。
パネル生産整備への過剰投資が裏目となり、2011年10月に発表した構造改革では、プラズマディスプレイパネルの生産拠点を3拠点から1拠点に集約。液晶パネルの生産拠点も2拠点から1拠点へと集約することで、「適正規模へのスリム化」を行うことが発表された。
パナソニック関係者の間では「むしろ手元に大量の資金があったことが、この10年の過剰投資につながった。もし、資金が手元になければ、これだけの投資はせずに、別の方策を探ったのではないか」という声も聞かれる。
ダム経営の結果が、7800億円の最終赤字、テレビおよび半導体部門における大規模な構造改革の遠因になったというわけだ。