米製造業で芽生え始めた「スマート・ジョブ」 - (page 3)

三国大洋

2012-03-15 13:50

 前述のプレゼンテーションのなかでは、カンザスシティ(農業関連のソフトウェア開発)、テキサスのウェイコ(航空関連)、そしてバージニアからアラバマにかけて伸びる「i-85コリドー」沿いのエリア(自動車関連:韓国の現代や独BMWなどが拠点設置)について言及されているが、そのほかにもWIREDの記事ではオハイオ州デイトン(RFID関連)やルイジアナ州西南部のCalcasieu Parishという一帯(塩ビ・合成ゴム関連)などの名前も挙げられている。また、情報処理関連についても、バージニア州リッチモンドからユタ州プロボまで、さまざまな場所にハブ(集積地)ができてきているという記述もみられる。

 さらに、ハイテク化によって高い質の雇用を生み出す産業に変身した例として、コットン(綿)にかかわるバリューチェーンの例も紹介されている。おそらく米国人にとって、「南部の農園」や「奴隷制度」などの記憶と分かちがたい産物であるコットンは「過酷な労働」の象徴であり、また低付加価値の産業としていち早く海外に流出した仕事なのかもしれない。

 ところがいま、そんなコットンのバリューチェーン(種子から最終製品まで)がいずれもハイテク化したことで、良質な雇用を生み出している。たとえば、「米国の綿花栽培農家は、中国やインド、アフリカの農家にくらべて、生産性は約800倍(耕地面積比)」「種子の研究に携わる技術者は、大半が2年間で取得できる准学士号(associates degree)しか持たないが、それでも4万〜7万の年収を得ている」「モンサント(Monsanto)のルイジアナ州にある除草剤工場では、650人のフルタイム従業員が働いており、その平均年収は約8万8000ドル」「大手農機具メーカーのジョン・ディーア(John Deere)などでは、一台70万ドルもするような最新鋭の綿花収穫機を製造。アイオワ州にある同社の工場では1600人が働いている」「米国に残っている100以上の綿糸工場では、従業員の平均年収は5万ドル前後。また大手2社だけで5000人以上を雇用しているが、これらの工場では生産性が高く、製品を中国に輸出することさえある」「糸や布地など新たな素材の開発にたずさわるテキスタイル・エンジニアの仕事では、年収9万ドルを超える職種も少なくない」などの説明がこの記事にはみられる(註4)。

 デイビッドソン氏の主張を興味深いものにしているのは、こうした良質なミドルクラスの仕事が増えることによって、「1970年代から30年以上にわたって続いてきた、米国における貧富の格差拡大傾向に歯止めをかけられる可能性がある」という同氏の考えであろう(註5)。

 そうしてまた、この新たな雇用創出がうまくいかなければ、ジョセフ・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)氏らが憂慮していた社会不安の懸念が現実化しかねないとの危惧もいっぽうにはある(註6)。

 今回は主に、米国製造業の北米回帰の流れ、それに一部で芽生え始めた新しい製造業の雇用(「スマート・ジョブ」)の例を紹介した。オバマ大統領も、あるいは今年大統領戦を争うことになる共和党候補者も、この種の仕事をできるだけ数多くつくり出そうと、そのための政策立案に知恵を絞ってくる可能性が高い。

 ただし、いっぽうには近年特に増加が著しい財政赤字の問題がある。簡単にいえば、質の高い雇用創出に向けて連邦政府が打てる手が、それだけ限られてきているということだ。

 次回はこのあたりの状況について確認しながら、なぜ政府が民間の力に期待せざるを得ないかなどの点を考えてみたい。

註4:コットンが生み出す良質な雇用

The US Cotton Business Is Cutting Edge Once Again


註5:良質なミドルクラスの仕事の拡大が格差を解消する

Now, as the economy slowly rebounds, it is doing more than just gaining jobs. By looking closely at data from both government and academic sources, we can see the gradual emergence of a whole new category of middle-class jobs: a realm of work that (given time and luck) could begin to close the chasm in American employment.

The Economic Rebound: It Isn’t What You Think


註6:的中したスティグリッツ氏の懸念

2011年5月、「Globalization and Its Discontents」(邦題:『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』)などの著書でも知られるノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ コロンビア大学教授が雑誌『Vanity Fair』に「Of the 1%, by the 1%, for the 1%」と題するエッセイを寄稿した。

極端な貧富の格差拡大を米国民主主義の根幹にかかわる問題とし、この問題を放置していては、いずれ米国内でも「アラブの春」と同様の社会不安が生じ、その結果富裕層さえ後悔することになりかねない事態になるとの懸念を示していた。その後、昨年秋から「ウォールストリート占拠」("Occupy Wall Street")の動きが生じたことで、はからずも同氏の予言は的中したことになる。

Americans have been watching protests against oppressive regimes that concentrate massive wealth in the hands of an elite few. Yet in our own democracy, 1 percent of the people take nearly a quarter of the nation’s income - an inequality even the wealthy will come to regret.

Of the 1%, by the 1%, for the 1%

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