切り餅の特許紛争から考える正しい特許の使い方

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2012-03-27 12:00

 自分は結構モチが好きなので、モチに切り込みが入っているのは、とても有難い。モチをトースターなんかで焼くと、どっちの方向に膨らんでいくか判らず、下手をすると膨らんだ部分がトースターの焼き網に突っ込んで、モチが取り出せなくなったりするのだ。

 その後にパンなんぞ焼くと、残ったモチが炭になって黒い煙を噴き出し、家中が焦げ臭くなる。これが切り込みの入るお蔭で、膨らむ方向がコントロールされて、モチがへばり付くこともない。

 が、この切り込みが特許になっていて、それを二つのメーカーが争っているのだという。これは、当事者にとっては真剣な争いである一方、消費者からすると別にどちらが勝っても構わない。

 要は、いずれかのメーカーから切り込みの入ったモチが売り出されれば良いのである。本当は、より多くのメーカーから切り込みの入ったモチが売り出される方が有難い。

 では、この特許紛争、なぜ業界内の内輪揉めという印象が強いのか。それは、この特許紛争は必ずしも市場の成長に寄与しないからである。日本経済新聞によれば(3月22日)、2010年の包装餅の市場は492億円でほとんど成長していないという。

 その中で行われる特許紛争は、限られた市場のパイの奪い合いという点において、当事者間にとっては非常に重要な争いである。一方、市場そのものを魅力的なものとはしない、つまり更なる需要を喚起することのないイノベーションは、外部からの強い関心を呼ぶことはない。

 IT業界においては、やはり市場の成長に必ずしも寄与することのない特許の話題が、その規模によってのみ関心を引く。それは、3月23日に報じられた、FacebookによるIBMからの750件の特許取得であったり、昨夏に報じられた、特許の取得を目的としたGoogleによるMotorola Mobilityの買収である。

 これらは、取得した特許によって新しいビジネスを開拓しようというよりは、他社からの特許訴訟に備えて牽制を働かせようというもので、こちらも既に顕在化した市場のパイを奪い合うためのものという色彩が強い。

 特許庁は特許法をこのように定義している。

「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」

 つまり、特許によって発明の保護を図ることは、発明から得られる利益を一定期間保護することにあるが、その最終目的は特定の企業のみを利することにはなく、産業全体の発展に寄与することにある。

 それゆえに、保護の側面ばかりが強調され、産業の発達に必ずしも寄与しない特許紛争や特許戦略というのは、本質的な議論とは言い難く、故に当事者以外の関心を呼ばないのである。

 冒頭、モチが好物と言っのは事実だが、私がモチを食べるのは1月1日から1週間の朝食のみである。つまり、包装餅は年に一袋しか買わない。望むべくは、包装餅市場の中での争いではなく、朝食マーケットであれば、パンやシリアルを脅かすようなイノベーションであろう。

 そこから生み出された特許が、隣接産業を脅かすとなれば、これは様々な産業を巻き込んだイノベーションの渦を巻き起こし、多くの関心を呼ぶことになるだろう。なんて言ってたらモチが食いたくなってきたから、今年2袋目のモチでも買おうかな。

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飯田哲夫(Tetsuo Iida)

電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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