企業変革のツボはどこにあるのか--アルコアから学び、フォクスコンを予測する - (page 2)

三国大洋

2012-04-17 16:47

 オニールが「話を先に進める前に、この部屋の非常口はあそこにある」と会場のホテルの大広間の一角を指し示すと、なかには「60年代にワシントンで役人をしていたというから、この男はきっとドラッグをやり過ぎたんだろう」と考える聴衆まで出る始末だった。

 さらにオニールは、質疑応答で出てきた「航空関連部門の在庫量」やら「資本比率」についての質問には答えず、代わりに「この会社の経営状況を知りたければ、職場での安全に関する数字を見ていろ」と言い放つにおよんで、聴衆は一斉に会場から駆けだして公衆電話に殺到。ある投資銀行家(証券会社の営業担当者?)は自分が受け持つ大口顧客20社(人)に電話して、「アルコアの取締役会が頭のおかしいヒッピーをCEOに据えた。あの会社はヤツに殺されてしまう」と説明して、直ちに同社株の売り注文を出すように伝えたという(これには後日談で「自分の職業人生のなかで、あれは最悪のアドバイスだった」というオチがついている)。

 さて。80年代当時のアルコアで、なぜ「事故ゼロ」の徹底が業績の飛躍的な改善につながったのか。本人から直接話を聞いたというドゥヒッグの説明によると、オニールは次のように考えたのだという。

  • A:労働者(従業員)をケガから守るためには、そもそも事故の理由を知らなくてはならない
  • B:事故の理由を理解するには、製造プロセスのどこで問題が起こったかを研究しなくてはならない
  • C:問題が起こる理由がわかったら、今度は事故(ケガ)を回避するため、クオリティコントロールといちばん効率のよいワークプロセスがいかに大切か、従業員に説明しなければならない

 Cを補足すると、従業員はきちんとした順番で作業をすれば、仕事も楽になり、同時に安全にもなるということだ。つまり、ケガをなくそうとすれば、自ずとこの世でもっとも優れた、効率的なアルミニウムメーカーにならざるを得なくなるのだ(註3)。

 さらにオニールは具体的な打ち手として、事故が起こったら「24時間以内に事故発生と、今後の防止策を含んだ報告がCEOまで上がる」ように通達、それを徹底させた。世界中に事業所があるような大企業では、これを実現するだけでも相当な変化が必要だった。事業所の責任者がすぐに対処策を出せるようになるには、日頃から現場(の製造プロセス)を熟知する必要がある。また、現場の管理者も事業所責任者からの質問に答え、すぐに改善策を出せるように日頃から準備しておく必要がある。

 この事故発生を「キュー」("cue")とした一連の「ルーティン」("routine")=「組織の習慣」をプログラミングし直すことで、オニールはアルコア全体の働き方を変えた。その結果、同社は「安全な会社」だけでなく「高収益の企業」へと生まれ変わったという。

 官僚時代に、大組織に染み付いた習慣=「ルーティン」を変えることに習熟していたオニールが、今でいうなら「GTD(Get Things Done)の達人」とでも呼ばれそうなほどの「リストマニア」で、アルコアCEO就任を打診された際にも、いろんな項目を列挙した上で優先順位を付けていき、この「事故ゼロ」というツボに気付くというくだりも面白い(註4)。多くの人の「先入観」とは異なるツボをうまく見つけ出せたのも、学生時代から実践していたこのリストアップの習慣の賜物だったのかもしれない。

 それはさておき、この「事故ゼロ」という「ツボ」押しがうまく機能した理由は、それが誰にも異論を差し挟めない「大義」だったからだろう。働く人の「身の安全」なら、そもそも会社側と利害が対立していた労働者(組合)はもちろんのこと、株主・投資家やアルコアの幹部(非組合員)にも「労働力の損失回避」といったそろばん上の説明が付く(むろんそれ以前に「ないがしろにしていい」「それよりも大事なことがあるだろう」とは言いにくいものでもある)。(次ページ「フォックスコンの“ツボ”はどこに」)

註3:「事故ゼロ」に至るオニールの思考

"The key to protecting Alcoa employees, O'Neill believed, was understanding why injuries happened in the first place. And to understand why injuries happened, you had to study how the manufacturing process was going wrong. To understand how things were going wrong, you had to bring in people who could educated workers about quality control and the most efficient work processs, so that it would be easier to do everything right, since correct work is also safer work.

In other words, to protect workers, Alcoa needed to become the best, most streamlined aluminum company on earth."


註4:「リスト・マニア」

"When Alcoa first approached O'Neall about becoming CEO, he wasn't sure he wanted the job. (略)But before turning down the offer, O'Neill asked for some time to think it over. To help himself make to decision, he started working on a list of what would be his biggest priorities if he accepted the post.

O'Neal had always been a big believer in lists. Lists were how he organized his life."

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