アップルという名の普通の会社

三国大洋 2012年05月30日 09時00分

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 先週、アップルの最高経営責任者(CEO)ティム・クック氏が「7500万ドルもの株式配当金の受取を辞退した」という話題があった(註1)。

 このニュースと前後して、以前「アップルのティム・クックCEOが快進撃」という回でも触れたFortune誌の編集者アダム・ラシンスキー氏が、クックCEOのもとで「アップルがこんなふうに変化している」という話をまとめた新たな記事を出していた。

 この記事は米国時間24日、Fortuneのウェブサイトに「How Tim Cook is changing Apple」として掲載された。1年前に出てわりと大きな注目を集めていたアップルの内部事情に関する同氏の記事(「How Apple works: Inside the world's biggest startup」:註2)の続編(アップデート)とみることもできる。前回のものと同じくアップル周辺の人々から足で集めた話をまとめた内容となっており、具体的な現役幹部の発言などは含まれていない。それでも、この1年——とくに昨年8月下旬にトップが「代替わり」してから、アップルがかなり変わってきている様子を伺い知ることができる、という点では貴重な情報だと思う。

 中味全体に目を通すと、アップルが「組織として安定感を増し、経営効率をさらに上げていると同時に、ふつうの大企業=意外性などの点では以前よりも期待しにくい存在」になりつつあるのかも、といった印象を受ける。ちなみに、ラシンスキー氏の同僚で、Fortuneのブログ「Apple 2.0」を担当するフィリップ・エルマー・デウィット(Philip Elmer-Dewitt)氏は、「MBA保有者の数が増え、業務の実行力および効率の向上に前よりも力を入れるようになった」という2つの点に着目して、この記事を紹介している(註3)。

スティーブ・ジョブズと並び「もう一人の天才」ともいわれたティム・クック氏
スティーブ・ジョブズと並び「もう一人の天才」ともいわれたティム・クック氏

 一方、Wall Street Journal(WSJ)のブログ「CIO Report」では、このFortuneの記事に触れた箇所で「ティム・クック氏が昨年8月にCEOとなって以来、アップルは前よりオープンで、会社らしい組織になっている」と書き出し、いくつかエピソードを紹介している。

 たとえば、本社内で開いた投資家向けの説明会にクック氏が飛び入りで参加し、ピーター・オッペンハイマー最高財務責任者(CFO)の話に続いて自分でも補足説明(質疑応答)を行った——故スティーブ・ジョブズは、そもそも出席することさえ考えられなかった——という話。あるいは、最高幹部らを集めた毎年恒例のリトリート「トップ100」(幹部合宿)でクック氏がジョークを飛ばすなど、緊張感がかなり漂っていたジョブズ時代と様変わりしたという話。さらには、ジョブズがあまり問題視していなかった印象のある中国製造現場の労働条件の問題についても、3月下旬に自ら視察したことなどに触れている(註4)。

 これらのほかにも、たとえばGigaOMは、「内気」「寡黙」といった印象が先行していたクック氏が「社員食堂でいろんな社員に声をかけて一緒にご飯を食べている」とか、ワシントンで複数のベテラン政治家と「個人的に話ができる関係づくり」を進めているなどの点に着目。それに、前述の幹部合宿で「開発中の製品をみた参加者が大いに盛り上がった」といった点にも触れている(註5)。

 ティム・クック氏が「近づきやすい」存在である点について、Fortuneの記事は最近クック氏と話をしたというあるCEO("an influential tech company CEO")の次のようなコメントも紹介している。(次ページ「ジョブズは崇拝されたが、クックは慕われている」)

註1:配当金の受け取りを辞退

Apple CEO Tim Cook to forgo a $75 million dividend payout

Apple CEO Tim Cook's Stock Rises With Choice to Turn Down $75 Million Dividend

記事の多くは受け取り辞退が明らかになったSEC(米証券取引委員会)への提出書類に触れるばかりで、「どうして辞退したか」を解説する記事はまだ目にしていない。

ラシンスキー氏の「Inside Apple」でも、クックCEOについて、「独身で非常な倹約家」「2010年になってやっと自宅を購入——ただし、それも近年のパルアルトの相場でいえば慎ましい190万ドルもの(筆者註:ちなみにフェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが買った家は700万ドル程度といわれる)」「アップル株式の売却益の一部で、母校のオーバーン大学に体育館を寄付」などの記述がみられるから、そもそもあまりお金(自分の利益)に執着せず、しかもお金のかからない暮らし(なにせ生活の大部分は仕事、残りもジムやサイクリングなど)でもあり、「また新聞にどうこう書かれるのは面倒だから」みたいな思惑が働いたのかもしれない。

いずれにせよ、デルのマイケル・デルCEOが1610万ドルもの多額の報酬(前年の約3.5倍)のほかに、自家用機を会社が用意したり、本人と妻の所有する企業から160万ドルの物品をデル(会社)に購入させたり、あるいは本人と家族の身辺保護などセキュリティの経費に会社から270万ドル(前年は330万ドル)の経費を出させたりと、さまざまな形で追加の収入を得ている(もしくは節税対策を講じている)例も報じられているなかでは、クック氏の受け取り辞退がある種の美談であることは間違いないだろう。

Dude, they all got Dells! (And then some.)


註2:ラシンスキー氏が書いた1年前の記事

How Apple works: Inside the world's biggest startup

これらの記事が後に『Inside Apple』というタイトルの書籍に結実したのは以前も記した通り。今回の記事については、Fortune側の思惑として、「ちょうど1年経ったし、また5月下旬にはDカンファレンスにティム・クック氏が出てくる、その後、6月はじめにWWDC(Worldwide Developer Conference)もあり、さらにこのタイミングならおそらくフェイスブックの株式公開をめぐるフィーバーも一段落しているだろう」といった考えがあったのかどうか。


註3:Apple 2.0が伝える最近のアップル

Tim Cook's Apple: More MBAs, more emphasis on execution


註4:WSJが伝えたクック氏の動向

What Your CEO Is Reading: Apple Under Tim Cook


註5:GigaOMが伝えたクック氏の動向

Tim Cook's Apple: the one Apple story to read today

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