いっぽう、HPの側でもこのタブレットの件で、マイクロソフトにかなり腹を立てていた。"fume"(頭から湯気を立ちのばらせて)という動詞がレトリック=誇張表現であるにせよ、納得のいかない思いをしていたことは間違いない。そう思えるのは、はっきりとしたある理由があったからだ。
つまり、タッチ操作で動かすタブレット端末の実現にあたって、ソフトウェアを開発するマイクロソフト側の努力が足りない——HPはそう考えていたとNYTは記し、Windows 7のソフトウェアキーボードの動作がおかしいことや画面上のアイコンが指でタップするには小さすぎることなどについて文句を言っていたと具体的に書いている。
折悪しく、次期OS「Windows 8」に開発リソースを集中投下しつつあったマイクロソフトは、HPのこの改善要望を突っぱねた。「タッチ操作を前提にしたWindows 8が出れば、そうした問題は自然と解決される。だから今のもので、なんとかしのいでほしい」と、行間からはそんなやりとりが浮かんできそうな状況である。
「これまであんなに儲けさせてあげたのに、その対応はないだろう」——そういう想いをHP側が抱いたどうかは定かでない。ただし、記事ではHP幹部の発言として、薄利多売で競争にしのぎを削るPCメーカー各社が、Windowsのライセンス料(後に説明)に事実上の研究開発費が含まれているとみなしていたと記されている。つまり、「もっと売れるものを考え出し、つくり出すのは、マイクロソフトとインテルの責任」「こちらには何かやりたくとも、それを実行できるだけの余力がない」という認識がハードウェアメーカー側のほぼ共通した認識となっていた、ということか。
ちなみに、前回紹介した大手テレビメーカーのビジオ(「デジタル家電業界のトヨタ」)も、PCメーカー側のこうした悪循環(経営的な体力低下、技術開発の停止、商品の魅力低下)によって生じた市場の停滞に、新たな商機を見出している新規参入者=破壊的イノベーター("disruptor")の1社といえよう。
いずれにしても、かつて圧倒的な優位を誇った「Wintel」の勝利の方程式がここで崩れたこと、そしてパートナー企業から技術革新のための余力を奪った「Wintel」の長く続いた利益独占が裏目に出たことは、ほぼ間違いなさそうだ。

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なお、NYTでは、スティーブ・バルマーCEOがコメントしていた「呼び水」説——Surfaceの発表をハードウェアメーカーへの刺激策と考える識者の声も紹介している。「ハードウェアメーカー各社に魅力ある端末をつくるよう説得でき次第、マイクロソフトは自前のタブレット販売から手をひくだろう」という見方を示しているのは、MITビジネススクール教授のマイケル・クズマーノ(Michael A. Cusumano)氏。この人は90年代からテクノロジー業界の動きを見てきている人物なので、これは少なくとも無視できない可能性のひとつだと思う(註3)。
極度の心配性の者だけが生き残る
ところで。ここまで読み進めてくださって、「アップルの統合型アプローチがやはり正解なんだな」と思われたとすれば、それは早計な判断……というか、こちらの伝え方に不足がある、ということになると思う。(次ページ「極度の心配性の者だけが生き残る」)
註3:MITビジネススクール教授のマイケル・クズマーノ氏
Some who study the technology industry still believe Microsoft will get out of the business of selling its own tablet computer as soon as it can persuade other hardware companies to build compelling devices of their own. "I think once they jump-start it, they plan to make money the way they always have - from licensing software," said Michael A. Cusumano, a management professor at M.I.T.