アンチ・マイクロソフトを旗印にしていた頃のグーグルがOfficeの足下をすくおうと「Google Docs」を出してきた当時は、それでもまだ戦いの主戦場がPC(ベースのブラウザ)だったから、マイクロソフトとしてもそれほど慌てる必要はなかったかもしれない。
しかし、アップルというハードウェアで儲ける(マネタイズする)会社が、圧倒的な購買力にものをいわせて、決して安くはないにしても、そこそこの価格競争力がある製品を投入し、莫大な利益をあげている現状がある。すでにアップルの営業利益率は、ソフトウェア企業のマイクロソフト、そして(ウェブ)サービス企業のグーグルのそれを上回っているのだ。
マイクロソフトがコントロールできるOSを核としたプラットフォームの上で、複数のハードウェアメーカーを競わせることで、全体として価格低下(=価格競争力)や技術革新を実現させていくという「オープン」なアプローチがうまく機能しなくなってきている。
そのことは、奇しくもグーグルのAndroidが証明しつつある(註5)。さらに、HPやデルに対するマイクロソフトの失望感(すくなくとも「思惑の食い違い」)は前回記したとおりだ(註6)。
現時点ではまだ不明な点が多く、正直なんともいえない状況であることはいうまでもない。それでもSurfaceの発表はマイクロソフトによるOEM各社への「三行半」という可能性(もしくは解釈)が消えていない。米国時間6月30日には、「マイクロソフトで長年OEMとの窓口を務めてきた幹部が異動」というニュースまで飛び出しており、当事者間の混乱がこうした形で出ているのかもしれない(註7)。
「モバイル端末 > PC」という屈折点
さて。
ここまで読み進めると、「中心となるデバイスがPCからモバイル端末に移り変わっているのはわかった。しかし、もっぱら家庭でつかうようなタブレットと、会社(仕事)でつかうPCとは、当然使われ方(目的)も違うし、販売経路だって違うだろう」という疑問を持たれるかもしれない。
PCからモバイルへという流れは、当事者のアップルだけでなく、たとえばまだモルガン・スタンレーにいた頃のメアリー・ミーカーなども、「おそくとも2012年には、モバイル端末の出荷台数が、PCのそれを上回る」と言っていたから、あらかじめ免疫のあった方も少なくないだろう。
下記のスライドは2010年6月のCM Summit(Federeated Media Publishing)でミーカーが使ったスライド。「Smartphone > PC Shipments Within 2 Years」という「インフレクション・ポイント」の指摘が5ページ目に出てくる。
また、同年10月の「Web 2.0 Summit」(O'Reilly Media主催)でも、ほぼ同様のプレゼンテーションが行われていた(重点に多少の違いはあるが)。
[Web 2.0 Summit 2010: Mary Meeker, "Internet Trends"]
この講演から現在までの2年弱の間に起こった変化の数やその大きさにも改めて驚かされるが、基調(trendline)自体はそれほど変わっていないといえよう。また、話が大きくなりすぎる(ネットが中心の話で、モバイル広告やモバイルコマースまで話が及ぶ)ので、ここでは詳しくは触れない。
ただし、覚えておく必要があるのは、変化のスピードが加速していることだ。「何をいまさら」という話ではあるが、次のふたつのグラフが示す新しいモバイル端末の普及スピードをみれば、マイクロソフトが相当の危機感を抱いていたとしても不思議はないと思える。
さらに、この「モバイルへの流れ」と軌を一にして進むトレンドに、職場への私物デバイスの持ち込み——いわゆる「BYOD(Bring Your Own Device)」の流れがある。(次ページ「BYODの流れを読み間違ったRIMの凋落」)
註5:Androidが証明しつつある事象
サムスン以外の大手メーカーは、みな経営的に苦しい立ち場に立たされている。
[ 地獄へ至るハイウェイ(イノベーションのジレンマについて)- Asymco - WirelessWire ]
また、中国シャオミ(Xiaomi:小米科技)という新興メーカーのように、月に50万台もAndroid端末をさばける新たなプレーヤーもでてきている。しかも、単なる薄利多売の事業モデルではなく、付帯サービスなどで儲ける仕組みをつくっているようだ。
中国シャオミのAndroidスマートフォン「MI-One」- 毎月50万台を出荷 - WirelessWire
なお、このシャオミ(2010年創業)には、6月はじめにロシアのデジタル・スカイ・テクノロジーズ(Digital Sky Technologies:DST)などが40億ドルの評価額で投資したという話もあった。
Rumor: Xiaomi Valued at $4 Billion, Snags New Investment - Tech in Asia
ユーリ・ミルナーのDSTは、最近では2009年に資金を入れたフェイスブックの株式公開で大きなリターンを得たことが改めて話題になっていたが、すでに香港に拠点を構え、幹部を常駐させて中国を中心としたアジアへ投資を進めていると、New York Timesが昨年9月の記事で伝えていた。香港拠点の責任者となった英国人幹部は「長く腰を据える覚悟がなくちゃ、家族同伴で—−子供を転校させてまで香港に来たりはしない」とコメントしている。
DST Global, Hoping to Grow Across Asia, Puts Down Roots - NYTimes
註6:PC市場の状況
今年の初めにビジオ(Vizio)がCESでPC市場参入を発表したとき、GigaOMのエリカ・オグが次のように書いていた。数字自体は少し古いが参考になるかと思う。
「IDCによると、2011年第3四半期の世界全体のPC出荷台数は9200万台(筆者注:通年では約3億3000万台超)。そのうちHPのシェアは18%で、米国市場に限れば29%。一方、2位のデルは米国市場で22%のシェアだったが、これは前年同期比で7%の減少。
下位のレノボと東芝はともに健闘しているが、HPやデルの不振によって出来た空白(opening)は、ビジオのような新規参入組にとってはおそらく絶好の参入機会だろう」
註7:マイクロソフトのOEM担当幹部が異動
Steven Guggenheimer, Corporate Vice President and head of Microsoft's OEM division, is leaving his position for a senior role in the company. Guggenheimer has been in charge of liaisons between Microsoft and its OEM partners for many years, and leaves just as the company has announced its first home-grown computer, the Surface.
Microsoft's chief liaison with third-party manufacturers leaves position