仏テレコム市場を破壊する異端児

三国大洋

2012-08-08 15:09

 早速だが、米カンザス州で始まった「Google Fiber」の話の続きを書く。前回「グーグルが破壊する通信会社の既得権益」として解説した話題の続きだ。

 何か疑問が浮かんで調べ出すと、新たな疑問がその何倍も出てきてしまって正直困っていたりするのだが、そのことは脇に置いて、今わかっていることをどんどんと書いていく。


赤字覚悟のプロジェクトにあらず

 まず、この実験プロジェクト開始に向けて、グーグルが「自前で用意したもの」について。GigaOMでは、グーグルがこのFTTHプロジェクトで「しっかり利益を得ていく」考えを持っていること、そしてそのために用意してきたものを解説していた

 この記事の中には、グーグル側の責任者であるパトリック・ピシェットCFOの「赤字覚悟でプロダクト(サービスを含む製品)を売るつもりはない」「利益を出すことも大事だが、同時にネットへのアクセスコストを変えることも重要」というコメントがある(註1)。この変えるべき「アクセスのコスト」とは、前回の記事にも書いた米国市場でのインターネット接続スピードとコストのことである。計算処理能力やストレージ能力が向上しているにも関わらず、ネットのスピードとコストが大きく乖離してしまったのだ。

 そして、この「採算確保」のためにグーグルが準備してきたこととして、GigaOMでは次の3つを挙げている。

  1. 自前の機器開発
  2. コミュニティのニーズを確かめた上での「ラストマイル接続」
  3. 対応機器注文や登録作業の簡易化(セルフサービス方式)

1. 自前の機器開発

新サービス「Google Fiber TV」も提供 新サービス「Google Fiber TV」も提供
※クリックで拡大画像を表示

 最初のポイントについては、加入者(消費者)向けに「ネットワークボックス」(Wi-Fiアクセス付きルーター)、「TVボックス」(ケーブルテレビ用セットトップボックス、ソフトウェア「Google TV」を内蔵)、ストレージボックス(2TB HDDを内蔵するデジタルビデオレコーダー)の3つが発表された。また、テレビサービス契約者には「リモコン代わり」として新タブレット「Nexus 7」が提供されることは既報の通りだ(註2)。

 この方法はコストを下げる施策となっている。通常のケーブルテレビ事業者がサイエンティフィック・アトランタ(シスコシステムズ傘下)といったSTBメーカーに支払っているはずのコストを節約できる(なお、グーグル傘下に入ったモトローラもSTB大手だが、この記事ではその点に関する言及はみられない)。

 また、ネットワーク側も、シスコなどがISP事業者向けに開発・提供しているような一台数十万ドルにもなる通信機器を使わず、自前で開発した機器を使うことで大幅にコストを節減しているという。グーグルがずいぶん前から自社データセンターで使うサーバやネットワークスイッチなどを自前で設計してきたことを知る読者には、それほど意外性はないかもしれない(註3)。だが、こうしたやり方は、光ファイバー網の構築と運営に要するコスト面のアドバンテージとともに、アップグレードや調整までも意のままになるというメリットが得られるとGigaOMは指摘している。

2. コミュニティのニーズを確かめた上での「ラストマイル接続」

 2つ目のポイントは、各家庭への回線引き込みにかかるコスト(主に人件費)を抑えるための、ある種の「グループバイイング」のようなものだ。Google Fiberのラストマイル接続については、特定のエリアで確実に需要があることを確かめた上で、導入希望者の多いエリアから一挙に工事を片付けることで、提供価格とグーグルが負担するコストの総額を抑えるのだという(申込があるごとに作業の人を送り込んでいたら、やはりその分だけコスト高になり、とても月70ドル程度では回収できない、ということだろうか)。頼んでもいないのに「初期費用無料、さらに今なら●カ月分の料金もゼロ!」などとセールスの電話がうるさかった日本の売り込みを覚えている者には、ちょっと面食らってしまう話だ。一斉に作業を済ませてしまうやり方だと、グーグル側では「一軒300ドルの初期費用で利益が出せる」と記事には書かれている。

「そんなまだるっこしいやり方で、しかも(一軒あたり)初期費用300ドルも掛かって応募が集まるのか」と、サービス発表のニュースを読んだ時には疑問も浮かんだ。しかし、「受付開始から2日間で予約数3900件以上、市全体の2割強が応募」ということで、まずは順調な滑り出しのようである。

 なお、グーグルはすでにカンザスシティ市内全域をカバーするファイバー網は敷設済みということだが、このインフラの主体はやはり電力線(電力会社が保有する電柱)。一部でAT&Tの電柱も使っているという。

3. 対応機器注文や登録作業の簡易化(セルフサービス方式)

 3つめのポイントについても、「低コストでどんどん作業を済ませる」といった部分は共通している。具体的には、家庭に配布する端末にQRコードが付いていて、作業員がそれをスキャンするだけで登録作業が行えるような仕組みになっており、いずれは端末自体をオンラインストアの「Google Play」で注文できるようにして、登録作業を加入者自身が行う形も想定しているという。

 グーグルがこれだけの準備をしてきたというのは、将来的にそれなりの規模の事業になることを想定してのことと思える。いくら米国政府の掲げる「National Broadband Plan」の実現に協力するためとはいえ、カンザスシティ(カンザス州側)だけで人口15万人弱、川を渡ったミズーリ州カンザスシティ(こちらにはMLBのロイヤルズもある)などまで含めた広域圏でもたかだか200万人(註4)という規模の市場。カンザスシティだけのために2年以上をかけて、これだけ周到な準備をしてきたというのは、やはりちょっと考えにくい(ただし、グーグルという会社のことだから常人の想像しないことを考えていてもおかしくないという気もしてしまう)。

 なお、Google Fiberはいまのところ、「まずは一般家庭にのみ提供」となっているが、地元のカンザスシティ(カンザス州側)では「早くも法人向けのサービス提供」を期待する声も高まっているとWSJが伝えている(註5)。ただし、この記事のなかには「1Gbpsのファイバー網を米国全体に拡げるというのは、今のところまだ絵に描いた餅のような話で、それを実現するには数百億ドルのコストがかかるとするアナリストの見積もりもある」との記載もある。年間100億ドル近い純利益を稼ぎ出すようになったグーグルにとっても、やはり慎重にならざるを得ない取り組みであることが推察できる(註6)。(次ページ「第4の携帯電話サービスが登場したフランス」)

註1:グーグルCFO パトリック・ピシェット氏のコメント

"There's no sense selling a product at a loss," said Google CFO Patrick Pichette (just look at Google's Nexus 7 tablet). "But it's not only about profits, it's about changing the access costs."

The economics of Google Fiber and what it means for U.S. broadband - GigaOM

なお、このプロジェクトの責任者が「なぜCFO(最高財務責任者)なのか」という点も、まだ答えや説得力のある仮説が見つかっていない疑問の一つだ。会社の「おサイフ」を握る元締めみたいな立ち場の人が、とりあえず「使いすぎ」のないようにチェックしながら、すこしづつ実験プロジェクトで可能性を確かめていき、いずれ本格展開となったときには、SVP(事業部門長?)の肩書きをもつ幹部を配する、といったことになるのかどうか。


註2:Google Fiberで提供されるプロダクト

有料サービス加入者には、単独なら月額約50ドルのGoogle Driveのオンラインストレージ1TB分が付く。月額120ドルのテレビサービスでも、月額70ドルのブロードバンドサービスのみでも、見方によっては随分な大盤振る舞いに思える。


註3:グーグルが自前で開発するデータセンター機器

以下が参照情報だ。WIRED.comにはCade Metz氏というライターがいて、この分野の詳しい情報をよく記事にしている。

「世界有数のハードウェアメーカー」:グーグル - WIRED.jp
ウェブ大手企業の「軍拡競争」:通信機器も自前で調達(その1) - WIRED.jp
Googleトップ・エンジニアが明かす"ウェアハウス・コンピューター"の秘密(その1) - WIRED.jp


註4:カンザスシティ圏はたかだか200万人

Kansas City, Kansas - Wikipedia
Kansas City metropolitan area - Wikipedia


註5:早くも法人向けサービスを求める声が

遠隔医療などのサービス開発を進めようとするベンチャーなどが取材されている。

Entrepreneurs Dream of Jumping on Super-Fast Network


註6:グーグルが慎重にもなる理由

But enabling one-gigabit Internet speeds across the country is still a pipe dream. It would take Google a long time to dig the trenches and string the fiber-optic cable so that it can roll out Fiber elsewhere. According to some analysts' estimates, the cost would eventually be tens of billions of dollars.

Entrepreneurs Dream of Jumping on Super-Fast Network

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