三国大洋のスクラップブック

ジャック・ドーシー、世界制覇の野望

三国大洋 2012年08月22日 16時44分

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 スターバックスとの包括的提携を発表して、米国で大きな話題を呼んでいるスクウェア。

 同社の共同創業者ジャック・ドーシーCEOは、「スティーブ・ジョブズ2世の最有力候補」という期待の声も出てくるほど、複雑で興味深い人物のようだ(註1)。

 ドーシー本人へのインタビューを含む周到な取材を踏まえて書かれた記事は、これまで少なくとも2本が世に出ている——昨年春、デビッド・カークパトリックがVanity Fairに寄稿した記事と、今年6月にWiredに掲載されたスティーブン・レヴィの記事の2つである。

 どちらもドーシーの人となりなどに焦点をあてた長い文章で、実績も実力もあるベテランジャーナリストの手になるものだから、興味深いティップスも満載された「一級の読み物」である(註2)。けれど、対象との距離が近すぎるきらいがあり、第三者としていざ紹介しようとなると居心地の悪くなるものも少なくない。

 そこで、もう少しバランスのとれたFortuneの記事「The Death of Cash」から、ドーシーとスクウェアの気になる点を紹介することにしよう。

踊り場でたたずむ米モバイル決済市場

 前回「スクウェアが狙う商取引のルネサンス」でも触れたこの記事(註3)は、スクウェアの動きを軸にして、発展の期待が大きく高まっている米国のモバイル決済市場の現状を描いたもの。これを読むと、ようやく活発化し始めた米モバイル決済の様子や課題がよくわかる。

 それは、一言でいうと「踊り場」だ。

 米国で過半数に達したスマートフォンの普及とともに、実現に必要とされる技術的な要素も出揃ってきて、消費者に受け入れられそうな素地もスタバのようにできつつある。その一方、米国だけで推定しても年間300億ドル(註4)ともいわれるクレジットカード決済の手数料、このお金の流れに腕を突っ込めそうな関連業界各社の足並みがまだ揃わず、マーチャントはモバイル決済に対応するための道具立てを切り替えるのに二の足を踏まざるを得ない。新しいモバイル決済が出てきても、使えるところが少なければ消費者はスマホで支払う必要も感じないだろう。

 そんな典型的な「ニワトリが先か、タマゴが先か」という状況が描かれている。

 そして「世界中で行われるすべての取引を決済したい」という野心を臆面もなく口にするドーシー(註5)や、スクウェアで進められているハードウェア開発まで含めた取り組みの現状などとともに、同社について「皆がなぜあんなに大騒ぎしているのか(その)理由がわからない」という競合相手の批判的なコメント(註6)、さらに双方のポジショントークの応酬(註7)なども盛り込まれ、比較的バランスのとれた内容になっている印象を受ける。

 なお、この記事には2つのグラフが付されている。その一つは2011年から2017年までのスマートフォンを使ったモバイル決済額の増加を予想したものだ。2011年には約4億ドルだったものが、2017年には14億ドル程度まで増えるとみられているという(金額から察するに米国が対象だろう)。もう一つの方は、1990年から2010年までの支払い手段別(紙幣=現金、カード、電子)の金額の推移をまとめたもの。これをみると、2010年時点で合わせて8兆ドルの内、カード決済が約半分の3.8兆ドルになっていることがわかる。なお、キャプションには「現金や小切手を使った決済のシェアは過去20年間で85%から39%まで減少」とある(註8)。(次ページ「強力な支援者、強力なライバル」)

註1:スティーブ・ジョブズ2世の最有力候補

スティーブ・ジョブズとの類似点を3つあげるとすると:

(1)二足のわらじを履いている起業家 (2)審美眼が発達していて、デザインに強いこだわりを持つ (3)経営者として一度挫折した経験があり、そのリベンジ(もしくはredemption)に燃えている

となろうか。

若い頃に一度ITの世界を離れ、マッサージ師(整体師?)、静物画の絵描き、あるいは洋服のデザイナーになろうとするなど、「自分探しの旅」をしているところも、放浪の旅でインドまで足を向けたジョブズと共通する点といえるかもしれない。学業を途中で切り上げて、そのまま自分の運を試すことにしたビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグとは明らかに違う。

一方、ジョブズのように切れ味鋭い発言で話題を振りまいたり、ライバルをあけすけにこき下ろして議論を巻き起こしたりといったことはなく、どちらかというと寡黙で職人肌のドーシーについて、ジョブズとこれほど似ていない人物もいないとスティーブン・レヴィは指摘してもいる。

なお、(3)のリベンジについては、29歳の時にTwitterの経営を任され、外部からの資金調達にも成功したことで、それまで「鼻に付けていたピアスを外してCEO業に真剣に取り組もうとした」(本人談)ものの、結局Twitter経営陣の間で長く続いたごたごたの影響で実質的に経営者の任を解かれた(籍だけは残して)、といった憂き目にあったせいか、その後「Twitterであった出来事をすべて紙に書き出し、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう徹底的に反省」したりもしたという。

(1)の「二足のわらじ」については、昨年会長職に復帰したTwitterの仕事と、スクウェアのCEOの仕事を、それぞれ毎日8時間ずつこなしているという。昨年のDカンファレンス(D9)に登壇した折、ホスト役のカラ・スウィシャーから「テクノロジー業界のジェームズ・フランコ」と評されたのは、そうした多忙な暮らしぶりを差してのものと思われる。

ちなみに、ジェームズ・フランコは映画『127時間』『ミルク』など多くの作品に出演している若手俳優兼映画監督。ほかに短編小説の執筆などで知られる。2011年のアカデミー賞授賞式では、女優のアン・ハサウェイとともに司会を務めた。台湾系のNBAスター選手、ジェレミー・リンと同じパロアルト・ハイスクール(スタンフォード大学に隣接)の卒業生だが、アシュトン・カッチャーなどとは違って特にネット業界で積極的な動きをしているという話は聞かない。


註2:二人のベテランジャーナリストによる一級の読み物

それこそ「子供の頃、何が好きだったか、得意だったか」といった事柄から始め、本人や周囲の人々から集めた情報を編集して、その人となりや考えていることを浮かび上がらせるという、よい意味で伝統的な手法で書かれた読み物。

ドーシーについても「子供の頃は算数と図画が得意で、地図が大好きだった」「サンフランシスコ・バレエ団のプリマドンナと浮き名を流した」「プラダのシャツやスーツをご愛用」「スコット・モリソンがデザインする"3 x 1"ブランドのジーンズがご贔屓で、iPhoneアプリのアイコンの背景にはこのジーンズのデニム地(日本で染色されている)を撮影したものが使われている」などなどのエピソードが見える。

ジョブズがボブ・ディランを崇拝していたこと——特に一度スターダムに上った後も、そこに安住することを良しとせず、失敗のリスクを背負いながら新しいことに挑戦し続けたアーティストとしてのディランの姿勢に、ジョブズが強く影響を受けたと述べていたことなどは、ジョブズ本人とアップルのたどった動きを把握する上で重要な手がかりになると私などは考えるが、関心の無い人にはまったく面白味を欠いた話であろうから、ドーシーの個人的なエピソードについては、ここでは割愛する。


註3:Fortuneの記事

この記事がウェブで公開されたのが7月9日。スティーブン・レヴィの記事の公開が6月22日。記者側の「仕込み」の時間も考えると、それより少し前からスクウェア側でも協力して準備していたものと思われる。

その前後ではこれといった新製品の発表などはなかったはず。昨年のVanity Fairへの登場は、ほぼ前後する形で「スクウェア・レジスター」「カードケース」が発表されていた。今回のメディアへの露出がスタバとの提携発表を視野に入れたものだったのか、それとも進行中との話が出ていた新たな資金調達のためのものだったのか……。


註4:カード取り扱い手数料に悲鳴をあげるマーチャント

年間推定300億ドルという数字が出てくるWSJの下記の記事には、今、米国のクレジットカード会社とマーチャントの間で進行中の手数料に関わるある争いが採り上げられている。

Bank Fees Squeeze Retailers - WSJ

両者の争点となっているのは、マーチャントがクレジットカードで支払う顧客にその手数料分を上乗せすることを認めるかどうか、という点だ。

ビザやマスターカードは米国でそうしたサーチャージを禁じていたが、カード決済にかかる手数料負担の増加に音(ね)を上げた小売業者がカード会社を訴える例が、2005年以降50件以上も生じているという。また、これに関連して秋口までになんらかの和解があるのでは……というのがこの記事の主旨だが、たとえば1991年と2009年の手数料を比べたグラフ——ビザでは1.25〜1.91%だったものが0.95〜2.95%に、マスターカードも1.3〜2.08%だったものが0.9〜3.25%になっている——とか、2005年から2009年の4年間に決済手数料が24%も上昇し、その利益の大半がカード会社側のポイント制度などマーケティング費用に回っているのではという非難、あるいは手数料上昇の影響で小規模なマーチャント(街の家具屋やアートギャラリー、ガソリンスタンドの例が出てくる)では、カード会社に支払う手数料が、家賃、人件費についで大きなコストになっていて、それが利益を圧迫している——「カード支払いを受け付けないわけにはいかないから、こうなったら従業員をクビにするしかない」というコメントも——、さらに「10ドル未満の買い物についてはクレジットカードによる支払いを断ってもいい」とする法律が2010年に成立し、現金払いの顧客には割引という施策を試してみたものの、結局顧客の約8割がそれでもクレジットカードで払い続けているというガソリンスタンドチェーンの例、さらに「若い人はそもそも現金を持ち歩かなくなってるから」という店側のコメントなど、興味深いティップス満載である。


註5:ドーシー「世界中で行われるすべての取引を決済したい」

"We want to carry every transaction in the world," Dorsey says without a hint of self-doubt.

The death of cash - Fortune


註6:スクウェアの競合の批判的なコメント

"I'm not quite sure what all the hype is about," says Doug Bergeron, the chief executive of VeriFone, whose terminals process trillions of dollars in transactions every year.

The death of cash - Fortune


註7:ポジショントークの応酬

「スクウェアが、本物のビジネスモデルを持ったたくさんの競合他社に取り囲まれていて、またたくさんの資金をどんどん使い続けている、というのは業界では誰もが知ること」というPOS端末最大手ヴェリフォンのCEOに対し、スクウェア側では「よくあるパターンの批判」とこれを一蹴。

"It is common knowledge that Square is now being surrounded by many competitors with real business models, and that they continue to bleed mountains of cash."

Dorsey and his team brush off such remarks. "It's the same tech story all the time," says Rabois. "There are always large, entrenched players that have lots of assets that are trying to compete with a focused startup with a compelling vision and a lot of talent."

The death of cash - Fortune


註8:現金・小切手の決済シェアは過去20年間で大幅に減少

As transaction volumes have grown, so have all forms of payments. But the share of dollars spent using cash and checks has declined from 85% to 39% in the last 20 years.

The death of cash - Fortune

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